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校内を川が流れる公立校は全国でも珍しい。御高の敷地を横切る抜川は御殿場市仁杉に源流部があり、市内を東進し、馬伏川と合流して小山町へと向かい、鮎沢川にそそぐ。校内での川幅は約八メートルで、水量は少ない。川底はコンクリートで固められているが流れに緩急があり、涼しげな水音が心を和ませてくれる。両岸に草木が青々と茂り、野の花にチョウが舞う。愛称は「雑小沢(ざっこざわ)」。九十周年記念誌のタイトルにも使われた。
雑小沢に架かっていた旧「愛育橋」は幅三メートル、長さ十メートルほどのコンクリート製の橋。高さ約七十センチの低い手すりがあった。昭和十年六月、校舎と農場(現グラウンド)を行き来するために設置された。設置当時「生命愛育」をモットーに教育をすすめていた第五代校長秋口常太郎(故人)が名付け親。秋口は創立七十周年記念式典で、「生命の愛育とは知識だけでなく、各自の知恵によって真剣に人類のことを考えていくこと」と説明し、愛育精神の大切さを訴えた。 橋は卒業写真などの撮影スポットとして人気を集めた。築六十五年を迎えて老朽化が進み、今年三月に架け替えられた。新しい橋は鉄筋コンクリート製で、長さ一二・五メートル、幅五メートル。災害時などに大型車両も通行できるよう、以前より一回り大きく造られた。同窓生たちの旧橋に寄せる思いを後世に伝えるため、書道部と郷土史部の生徒たちが橋名を採拓し、新橋に刻んだ。 天野忍校長は「御高は二十一世紀の新しい時代の幕開けに創立百周年を迎える。建て替えられた橋が過去、現在、未来を結ぶ懸け橋となり、多くの方に活用してもらえれば」と期待を寄せる。 (文中敬称略) 【注】カッコ内は卒業年。 |
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