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 学校自慢(1)

「雑小沢」に多くの思い出

   校内を川が流れる公立校は全国でも珍しい。御高の敷地を横切る抜川は御殿場市仁杉に源流部があり、市内を東進し、馬伏川と合流して小山町へと向かい、鮎沢川にそそぐ。校内での川幅は約八メートルで、水量は少ない。川底はコンクリートで固められているが流れに緩急があり、涼しげな水音が心を和ませてくれる。両岸に草木が青々と茂り、野の花にチョウが舞う。愛称は「雑小沢(ざっこざわ)」。九十周年記念誌のタイトルにも使われた。


 御高とともに脈々と流れる雑小沢に架けられた新しい愛育橋
 かつては清流で水量も多く、農具や収穫した野菜を洗ったり、土嚢(のう)で流れをせき止めて水泳をした。松井昭男(昭17卒)は「雨が降ると急に水かさを増した。昭和十二年夏、上流で遊んでいた女の子が校内まで流されてきた。先輩二人が気付いて飛び込み、助け上げた」ことを覚えている。山口俊雄(昭20卒)は「軍事教練の時間に忘れ物をして、川の中で仲間と並んで立たされた。父に買ってもらった新品の靴を履いていたので一瞬ためらったが、命令には従わざるを得なかった」。

生命愛育の精神刻む橋

 雑小沢に架かっていた旧「愛育橋」は幅三メートル、長さ十メートルほどのコンクリート製の橋。高さ約七十センチの低い手すりがあった。昭和十年六月、校舎と農場(現グラウンド)を行き来するために設置された。設置当時「生命愛育」をモットーに教育をすすめていた第五代校長秋口常太郎(故人)が名付け親。秋口は創立七十周年記念式典で、「生命の愛育とは知識だけでなく、各自の知恵によって真剣に人類のことを考えていくこと」と説明し、愛育精神の大切さを訴えた。

 橋は卒業写真などの撮影スポットとして人気を集めた。築六十五年を迎えて老朽化が進み、今年三月に架け替えられた。新しい橋は鉄筋コンクリート製で、長さ一二・五メートル、幅五メートル。災害時などに大型車両も通行できるよう、以前より一回り大きく造られた。同窓生たちの旧橋に寄せる思いを後世に伝えるため、書道部と郷土史部の生徒たちが橋名を採拓し、新橋に刻んだ。

 天野忍校長は「御高は二十一世紀の新しい時代の幕開けに創立百周年を迎える。建て替えられた橋が過去、現在、未来を結ぶ懸け橋となり、多くの方に活用してもらえれば」と期待を寄せる。

(文中敬称略)

 【注】カッコ内は卒業年。


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