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 部活動(商業)(4)

情報処理部は県大会2連覇  

 昭和二十四年に商業科教師子上一郎(故人)の指導で創部した商業クラブには簿記、珠算、和文タイプ、英文タイプ、商業経済、商業美術、謄写、速記の八つの班があった。事務機械、かなタイプなど班の数は次第に増え、多いときは十班に約四百人が在籍した。それぞれの班が部として独立したのは昭和五十二年ごろ。資格取得と県商業実務大会出場を目標に練習を積み、商業校御高の名をあげた。


県商業実務大会で2連覇した情報処理部(「90年のあゆみ」より)
 創部当初はタイプが最も盛んだった。英文タイプ班は二十六年に、和文タイプ班は三十二年から三年連続で、県大会で優勝した。三十四年に和文タイプ個人で優勝した山崎節子(昭35卒、旧姓勝又)は「顧問の大庭英太郎先生が熱心な方だった。タイプ機が古くて、よく故障したのを先生が直してくれた。大会に参加しない仲間も出場者のための問題作りをするなど、まとまりがあった」と勝因を分析する。五十四年、五十六年はかなタイプ班が県大会で団体三位に入賞し、東海大会に出場した。

 五十八、五十九年に活躍したのが速記部。二年連続で県大会団体準優勝を飾り、東海大会に進んだ。個人でも森恵(昭60卒、旧姓横山)が二年連続で二位に入った。森は「大会では速さと正確さを競った。卒業後仕事では使わなかったが、日常生活で急いで何かを書き留めるときには便利です」と話す。

 大会前の合宿で好成績  

 六十年以降は情報処理部の活躍が目覚ましい。六十一年に一年生二十四人で発足した。部はコンピューターの基礎知識を習得し、BASIC言語やプログラミングを学んだ。翌六十二年、初参加した県大会で三位に入り、六十三年は優勝した。平成二、三年は県大会で二連覇。大胡田妃美(平4卒)は三年に個人優勝した。

 部長だった下川和仁(平4卒)は「運動部に比べて活動時間は短いが、佐野陽一先生の下、短時間集中で練習した。大会前に合宿をし、やることはやった上で大会に臨んだ」と語る。場慣れしていないため緊張したが、部員同士で「落ち着いて気楽にやろう」と肩をたたき合った。

 東海大会へは創部から平成十一年までに七回出場。二、四年は三位に入り、紅林美穂(平5卒、旧姓平川)が個人三位入賞をとげた。

 商業実務大会以外では杉山恵美(平3卒)が二年の全商プログラム競技会県予選を二位で通過。全国大会で二百四十五人中二十七位に入賞し、優良賞を得た。

 商業系各部は時代の流れと共に統合・廃部され、現在は簿記、ワープロ、電卓計算、情報処理の四部が活動している。

(文中敬称略)

 【注】カッコ内は卒業年。


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