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農業(キノコ)

生鮮「ヤマブシダケ」に意欲

 金太郎がキノコを食べているシールがトレードマークの「古宿ファーム」は小山町下古城にある。棚に何万と並んだ広口瓶からは、つやつや光るナメコが顔を出している。真田勝(昭40卒)は育ち具合を見ながら水やりを指示し、専用のはさみを使って一つ一つ収穫する手作業を見守る。


真田さんが経営する古宿ファームの工場。棚にはナメコの瓶が並ぶ=小山町下古城
 生産量はナメコが月産約二千五百キロ、シメジが約二千キロ。主に市場に出荷しているが、地元のレストランもお得意さまで、「富士山ろくのキノコ」として料理に使われる。

 農家に生まれた真田は御高卒業後、受け継いだ二・五ヘクタールの水田を守りながらほかの換金作物を模索。昭和五十年から農閑期にキノコ栽培を始めた。本場の長野県でノウハウを学び、機械などを買い入れた。最初は失敗が多く、試行錯誤の連続だった。真田は「雑菌が入ると病気になるし、水をやる加減も気を付けなければならない。収入源の水田と並行していなかったら続けられなかった」と振り返る。十年ほどかかって軌道に乗り、平成五年に有限会社を設立。家族を含め六人が働く。

 大変な手作業と水やり

 ナメコは瓶の中の木くずに菌を植え付けてから収穫まで約五十日。工場内の室温を常に十五度程度に保っているため、一年を通じて栽培できる。生産が順調でも研究は怠れない。真田は設備が整っている長野県やキノコの菌のメーカーが多い仙台市などへ頻繁に出掛ける。最新情報を仕入れて栽培技術に生かし、市場の動向に目を光らせる。

 栽培を始めた五十年ごろに比べ、現在のキノコは安値安定。需要の伸び悩みに対し、大手企業が大量に生産したり、海外からの安い輸入品が出回るからだ。一時期はシイタケやエリンギなどを手掛けた真田も、手作業が多いために企業の進出が遅れているナメコと、値は安くてもなべ物や炒め物で消費が多いシメジを中心に据えた。

 真田が現在注目しているのが、アルツハイマー予防の効果があると言われる「ヤマブシダケ」。主に粉末や固形状の健康食品に加工して販売されている。生鮮キノコはまだあまり出回っていない。真田が試食したところ、これまでの薬効キノコと違って味に問題がなく、料理の食材に使える感触を得た。「薬を飲まず、食べて健康でいられることは理想的。キノコ生産者としてぜひ自分の手でものにしたい」と真田。インターネットや知り合いなどを通じて情報収集しながら、新たなキノコ作りに情熱を燃やす。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。

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