<83>

農業(ワサビ)

御殿場が3年連続で大臣賞

 粗生産額日本一を誇る静岡県のワサビ。伊豆天城山系などが主な産地だが、北駿地方のワサビは質の良さで折り紙付き。全国わさび生産者協議会主催「全国わさび品評会」では平成九年から三年間、御殿場市の出品者が最高賞の農林水産大臣賞を受賞し、「御殿場ワサビ」の名を高めた。

 昭和初期、いち早くワサビ栽培に取り組んだのが滝口俊次郎(明41卒、故人)。昭和恐慌で生糸、米価が暴落し農村が疲弊していく中で、米・養蚕農家だった滝口はワサビに目を付けた。北駿地方にワサビ田を持つ伊豆の業者はいたが、地元農家で栽培に取り組んだのは初めてだ。


ワサビの生産、販売に取り組む滝口悦郎さん=御殿場市内
 労働力は豊富だった。滝口は地元の若い人たちを雇い、小山町須走に約六十アールのワサビ田を開いた。演習場に取られて面積は約三分の一になったものの生産は次第に軌道に乗った。昭和三十八年、滝口は県農業祭で知事賞を受けた。

 ワサビ田まで買い付けに来る客も増えた。家業を継いだ長男の悦郎(昭16卒)は三十年ほど前、須走に直売店「滝口わさび園」を開いた。新鮮な本ワサビや防腐剤、保存料を使わない自家製のわさび漬などを販売する。悦郎は「わさび漬は伊豆などへ習いに行ったが、細かいところは教えてくれないので自分で工夫した」と思い返す。

 店は食堂も兼ねる。主なメニューはそばとうどん。サメの皮を使って糊(のり)状に細かくおろしたワサビを添えて出し、「ワサビの本当のおいしさ」をPRしている。

 田代耕一(昭51卒)は平成三年と十年の二回、全国ワサビ品評会で農林水産大臣賞を受賞した。父の扶美雄は元年の受賞者で、親子二代の快挙だ。

   質の良さは折り紙付き

 田代は御高卒業後、県農業試験場ワサビ分場で一年間、基本的な研修を受けた。会社勤務を経て昭和六十二年、本格的にワサビに取り組み始める。父から栽培の技術やこつを学び、祖父の代から続く五十アールのワサビ田を守る。

 父親は水管理と苗床作りに口うるさかった。こまめにワサビ田に出向き、水の流れを見るようにしている。ワサビを植え替える苗床作りは、やり直しのできない作業。田代は「会社と違ってマニュアルがないので、経験と勘でつかむしかない」と、農業の面白さと難しさを語る。

 御殿場山葵(わさび)組合の前組合長小野董一(昭34卒、故人)は、「御殿場わさび」のPRと販路拡大に努めた。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。

掛中・掛西百年史 榛原高100年史 富士宮農高百年 静岡新聞へ