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粗生産額日本一を誇る静岡県のワサビ。伊豆天城山系などが主な産地だが、北駿地方のワサビは質の良さで折り紙付き。全国わさび生産者協議会主催「全国わさび品評会」では平成九年から三年間、御殿場市の出品者が最高賞の農林水産大臣賞を受賞し、「御殿場ワサビ」の名を高めた。 昭和初期、いち早くワサビ栽培に取り組んだのが滝口俊次郎(明41卒、故人)。昭和恐慌で生糸、米価が暴落し農村が疲弊していく中で、米・養蚕農家だった滝口はワサビに目を付けた。北駿地方にワサビ田を持つ伊豆の業者はいたが、地元農家で栽培に取り組んだのは初めてだ。
ワサビ田まで買い付けに来る客も増えた。家業を継いだ長男の悦郎(昭16卒)は三十年ほど前、須走に直売店「滝口わさび園」を開いた。新鮮な本ワサビや防腐剤、保存料を使わない自家製のわさび漬などを販売する。悦郎は「わさび漬は伊豆などへ習いに行ったが、細かいところは教えてくれないので自分で工夫した」と思い返す。 店は食堂も兼ねる。主なメニューはそばとうどん。サメの皮を使って糊(のり)状に細かくおろしたワサビを添えて出し、「ワサビの本当のおいしさ」をPRしている。 田代耕一(昭51卒)は平成三年と十年の二回、全国ワサビ品評会で農林水産大臣賞を受賞した。父の扶美雄は元年の受賞者で、親子二代の快挙だ。
田代は御高卒業後、県農業試験場ワサビ分場で一年間、基本的な研修を受けた。会社勤務を経て昭和六十二年、本格的にワサビに取り組み始める。父から栽培の技術やこつを学び、祖父の代から続く五十アールのワサビ田を守る。 父親は水管理と苗床作りに口うるさかった。こまめにワサビ田に出向き、水の流れを見るようにしている。ワサビを植え替える苗床作りは、やり直しのできない作業。田代は「会社と違ってマニュアルがないので、経験と勘でつかむしかない」と、農業の面白さと難しさを語る。 御殿場山葵(わさび)組合の前組合長小野董一(昭34卒、故人)は、「御殿場わさび」のPRと販路拡大に努めた。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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