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経済(建設)

社員が夢を持てる会社に

 国内最大の容量を誇る奥只見ダムは、一五〇〇―二〇〇〇メートル級の険しい山々に囲まれた福島、新潟県境にある。岳南建設元顧問岩瀬貞(昭15卒)は昭和三十二年、奥只見ダムの五十万ボルト送電線工事に従事した。

 奥只見は日本有数の豪雪地帯。現場に天幕を張って寝泊まりしていた岩瀬がある夜、寒くて目を覚ますと、積もった雪の重みでテントがぎりぎりまでたわんでいた。雪は見慣れていた岩瀬だが、このときばかりは「金は要らないから帰りたい」と思った。

 楽しい思い出も多い。温泉が出たので石を積み、砂をかきだして露天ぶろを作った。明かりはランプ、酒のつまみはストーブで焼いたするめ。道に迷った登山客が食事と一泊の宿を求めて飯場を訪ね、仲間に加わることもあった。

 北海道から九州まで全国の現場を飛び回った岩瀬は副社長、相談役を経て昨年九月、顧問を退任した。

 人目を引くユニークな八角形住宅で知られる南富士産業社長杉山定久(昭37卒)はたびたびのピンチをはね返してきた。最初のピンチは家業の製材会社に入社した昭和四十一年。「二十人いた社員のうち十三人が辞めた。製材業は夢がないからと言われ、ショックを受けた」と明かす。その出来事から杉山は必死で「社員にとって夢がある会社」を追い求めた。

  豪雪と闘い送電線工事

 この三十年間で屋根工事の請け負いは年間一万八千棟を超え、住宅建設も着実に業績が伸びた。フィンランド輸入住宅、健康茶の開発・販売と事業を広げ、グループ五社を率いる。屋根・外壁の職人学校を作ったり、ネット上にベンチャービジネススクールを開講するなどアイデアが豊富。合弁企業を持つ中国では大学の客員教授を務め、県立大生、アジア七カ国の学生に奨学金を送り続ける「足長おじさん」でもある。

 御殿場市には小松建設の小松智明(昭27卒)、東亜建設工業の芹沢茂子(昭38卒、旧姓石井)、スズキ総業の鈴木孝昭(昭35卒)、蒼設計の立道幸男(昭38卒)、小野土木工業の小野覚(昭41卒)らがいる。

 薮田建設社長薮田貞博(昭32卒)は卒業後、建設会社に勤めたものの「自分で何かを始めたい」の思いが高じ、昭和四十二年、周囲の反対を押し切って独立した。工業高校出身者と違って専門知識が乏しい。「片腕になってくれる技術者仲間がいてくれたら」と幾度となく思った。

 そんな苦労があったからこそ、社員の施工管理技師資格取得を奨励して互いに刺激し、励まし合って学ぶ環境を作った。顧客の信頼にこたえるプロを目標に、「自分の仕事には絶対の自信を持て。妥協するな」と説く。

 沼津市では槙島総建の杉山修一(昭17卒)。山中湖村村長高村朝次(昭23卒)は建設や生コンなどタカムラグループを率いる。

(文中敬称略)
 【注】カッコ内は卒業年。

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