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「森さんは首相の器じゃない。自分に甘く、他人に厳しいからね。勉強嫌いでもあるし」。四十年以上にわたり政治家のいきざまを見つめ、政治の表裏を知り尽くしている政治評論家山口朝雄(昭26卒)の森首相評だ。続けて「かつての自民党は柔構造であり多彩な人物が在籍した。今は人材が枯渇してしまった」と手厳しい。 卒業後、地元中学の代用教員を務めた後、小説家になるべく早大文学部に進学した。入学後に仲間と同人誌を創刊。数号で終わる同人誌が多い中で、卒業まで発刊し続けた。政治との関わりは東京タイムズに入社してから。「就職の予定はなかったが、書くということでは一緒」と入り、河野一郎の派閥を担当したことがきっかけで政治と関わるようになった。
「池田勇人が病気入院し、後継に佐藤栄作、河野一郎、藤山愛一郎らの名が挙がった。結局、佐藤が総裁になったが、河野担当だった私は河野総裁実現に奔走した。若かったからね。今では考えられないが…」と目を細める。河野と貴賓室で東京五輪の開会式を眺め、五輪後に公開された市川昆監督の映画が「記録か芸術か」で揺れた際、「記録映画を作り直せ」と主張した河野の傍らにいた。 河野死去後、野党クラブに替わり、先輩の社会党委員長勝間田清一(大14卒、故人)らを取材した。「勘ぐられると思って他人には言わなかったが、実は私の仲人は勝間田。その意味でやりやすかった」と打ち明ける。 東京タイムズでは政治部長、論説担当局長を務め、会社が徳間書店グループ入り後、四十二歳で退社。十年ほど、文化放送の生番組に週三回出演し、その日のニュースを解説した。一方で月刊誌に政治家の人物評や政局を頼まれては執筆し、出版した単行本も二十冊以上に及ぶ。今も都内に事務所を持ち、評論家として活躍する。御殿場市助役を務めた山口俊雄(昭20卒)は実兄。 マスコミでは、このほかに主婦と生活社に勤務し、数多くの書籍の編集を手がけた田村一郎(昭26卒、故人)、御高新聞部長として活躍し、産経新聞に入った堀内義宏(昭27卒)、フジテレビ役員を務め、現在サンケイビル専務の渡辺清行(昭29卒)らがいる。
(文中敬称略)
【注】カッコ内は卒業年。
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