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榛原郡立榛原中学校に小規模な図書施設「榛原文庫」が設けられたのは明治四十三年十一月三日。現在なら文化の日だが、当時は天皇の誕生日を祝う天長節。オープンを国家的な行事の日に合わせた裏に「将来は大規模な図書館に成長させたい」との同校の意気込みが見える。
始まりは本当に小さな図書設備だったらしい。「校友会雑誌」には「榛原文庫は控室に呱々(ここ)の声を挙げたり。声かすかなりと雖(いえど)も末は天下に呼号するの抱負あり」との記録がある。控室を間借りし、蔵書も少ない中での発足だったことがうかがえる。だが、その抱負通り、蔵書は急速に増えた。「職員・卒業生・在校生に書籍の寄付を募集し、たちまち三百余部を得て、十一月一二日より生徒の閲覧に供した。その後の五カ月で蔵書五百二十四部・雑誌百数十部となり」(「同雑誌」)。 当時の図書の分類方法、利用状況も同雑誌に記されている。蔵書は修養書類、地理歴史書類、類理学書類、外国語書類、文学書類、辞典書類、雑書類、雑誌書類の八つに分類され、生徒は当番に借用を書面で申し入れ閲覧していた。一、二年生はやさしい文学書、三年生は主として自然科学と外国語、五年生は文学の書籍利用が目立った。四年生の閲覧はほとんどなかった。当時人気があったのか、妖(よう)怪新百話の閲覧が多かったとも残されている。
その後、榛原文庫は校内を転々としたようだが、蔵書は着実に充実した。そして県立榛中時代の昭和十二年、木造二階建ての図書館が完成した。正門の東側、築山に面して造られた図書館は縦長の窓が印象的な洋館風な構造。中学校では珍しい独立した図書館だったこともあって、来校者の注目を浴びたという。榛原文庫の設立から二十七年後、当初の決意通り、全国に誇ることができる立派な図書館が実現した。 蔵書数の多さは相当なものだった。榛中が榛原高校となって間もない昭和二十五年に図書館勤務を始めた石橋君乃(榛原高等女学校・昭24年卒)は振り返った。「何万冊もの本があったと思う。とにかく多かった。図書委員の生徒も協力してくれて図書の分類を行ったが、始めてから完了するまで四、五年はかかった」。 施設、蔵書の充実に劣らず、生徒たちの読書量もおびただしかった。「当時の方々は本当によく本を読まれた。『一晩で読んでしまった』と毎日、本を借りにくる人もいた。授業のためだけでなく、教養を身に付ける読書をしていた」と石橋は話し、昭和二十年から三十年まで、同校の教師を務めた竹中玄鼎(榛中・昭13年卒)も「本を読ませたし、生徒も熱心に読書をした。それも受験目的でなく、本物の本を読んだ」と語った。 読書好きは生徒だけではなかった。教師も熱心だった。授業以外にも自己の研究目標を持ち、読書に励んだ。教師の間には読書会ができ、それぞれ夏休みなどの休暇期間中は自らのテーマに沿って猛勉強を繰り広げた。 【注】カッコ内の「卒」は卒業年。敬称略。 |
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