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 榛の木祭

戦後50年、社会に目向け

 平成七年六月、榛原高校の文化祭「榛の木祭」会場に広島の原爆ドームを模した入場門が設けられた。その門をくぐった来校者がまず目にしたのは、「LOVE and PEACE」の文字が浮かび上がった大壁画。戦後五十年の節目に当たったこの年、同校生徒たちは文化祭のテーマを「激動95」に設定し、戦争の悲惨さを追った。大学の学園祭さえも遊びに流れがちな中、社会性が強く、骨太な同校の文化祭は周囲の注目を集めた。

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地域をみつめた活動を繰り広げる榛原高校郷土史研究部の生徒、担当教師ら=同校

文化祭の実行委員長だった横山献(ささぐ)(平8年卒)は当時の学内の様子に触れた。「戦後五十年で、生徒、先生方の間に過去を振り返ろうという雰囲気が生まれていた。それにバブル経済とその崩壊、冷戦の終結など時代の移り変わりも激しかっただけに、ここで戦後を見つめ直そうと考えた。ただの文化祭ではなく、外部の人たちに訴えられるものを目指した」

 原爆ドームとともに目を引いた壁画は全生徒が折った二万数千の折り鶴で作り上げた。英字の部分は赤い折り鶴で、周囲は新聞紙を利用した折り鶴だった。「朝礼の時に折ってもらったりして、出来上がるまでに一カ月ほどかかったが、全員参加のピースメッセージが作れてよかった」と横山は言う。

 ほかの展示、催しも来場者に戦争を再考してもらうのには十分な内容だった。「榛原高校百年史」(十一月発行予定)は充実ぶりをこう記している。「二年生は学年展『私たちの街にも戦争があった』をテーマに戦争体験聞き取り調査、千人針、ピースメッセージ横断幕の作製、クラス展、(原子爆弾の)リトルボーイ実物大模型製作、有志による第五福竜丸事件朗読劇『おーい、まっしろぶね』などに取り組み、また母親、教師たちによる朗読劇『この子たちの夏』も上演された」

 文化祭後も生徒たちの社会に目を向ける姿勢は生き続けた。同百年史によると、生徒会は中国、フランスが強行した核実験に抗議し、署名活動に取り組んだ。集まった千十四人分の署名簿は両国の大使館に送った。同百年史は「自然に出てきた若者らしい正義感の発露であった」と署名活動を評価している。

▼震災取材した新聞部

 同百年史は、その年に発足した新聞部の阪神大震災被災地取材も紹介している。「十一月中旬、新聞部は二日間の現地取材を行った。現地のボランティアルームの活動の取材からいろいろな教訓を引き出し、東海地震への警鐘をならし、地域や社会の中で高校生は何ができるのか、何をすべきか問うている」

▼郷土史研究部が発足

 三年後の平成十年には郷土史研究部が発足した。同部は初年度から、明治時代の廃仏毀釈の影響を調査した「焼津市の神社・寺院の統廃合」で県郷土研究連盟研究発表大会優秀賞、全国学芸科学コンクール・人文科学研究部門銅賞を受賞するなど活躍し、十一年度は「榛南四町の神社・寺院の統廃合」で同研究発表大会最優秀賞に輝き、十二年度の全国高校文化祭郷土研究部門でその研究内容を発表した。さらに神社・寺院の植生、茶道、養鰻業に焦点を当てた研究に取り組んできた。

 初代部長の高橋哲也(平12年卒)は「部活動を始めて半年もたたないうちに全国コンクールで受賞でき、びっくりした。地域の歴史を知る部活なので、大切なのは、地域の人たちとの信頼関係」と語った。

 【注】敬称略。  


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