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榛原高は開校以来、さまざまな分野に多くの人材を輩出してきた。国会や県議会でも数々のOBが活躍。地域行政を見ても現在、島田、吉田、榛原、相良、御前崎、浜岡の一市五町の首長を同窓生が占め、郷土の発展に貢献している。 大石八治(榛中・大15年卒、故人)、大石千八(昭29年卒)、大石秀政(昭57年卒)は三代三十六年間にわたり、国会で活躍。八治は県議会議長を務めた後、国政に挑み、衆議院議員に三回当選。日本茶業中央会長を務め、茶業振興に情熱を注いだ。後を引き継いだ千八は連続七回の当選を果たし、自治、厚生両政務次官などを歴任。第一次海部内閣では郵政大臣に就任した。秀政も平成八年に初当選したが、今年の総選挙で惜しくも落選した。 島田市長の岩村越司(定時・昭31年卒)は県の商工部長や民生部長を経て、平成五年から市政に手腕を奮う。駅周辺の中心市街地整備事業では商工会議所を口説き、県内で最初に街の総合的運営にあたる機関(TMO)を立ち上げた。「今後は川根三町と共同で実施する新しい焼却場建設が課題。自学で勉強を重ねたのでダイオキシン対策に関しては庁舎内で自分が一番詳しい」と張り切る。 「人のやれないことをやりたい」。昨年四月の選挙で現職に挑み、吉田町長に当選した中村芳樹(昭31年卒)は自らの信念をこう語る。町債に頼る財政からの脱却を決断し、財政の健全化に精力を傾け、平成十二年度の町債を前年度より半減させた。「次世代に負の遺産を残してはならない」と強調する。生活者の視点で生活関連道路や水路、教育施設の整備などに力点を置いた町政運営を進める。 榛原町長の前田昌利(昭29年卒)は「地方自治体が独自のアイデアを出して国や県を動かすことが必要」と力説し、静岡空港と新幹線新駅の完成後の都市整備計画に思案を巡らす。町議に五回当選し、三度目の挑戦で町政のトップに立った。静波海岸の整備で運輸省と建設省の双方を動かし、一本の道路整備に国や県の予算を組み合わせて実施するなど、限られた財源を最大限に活用する方法を探る。 「はったりを言わない堅実なタイプ」と自らを評するのは昨春、相良町長に当選した松下嘉男(定時・昭34年卒)。助役を四年半務めた後、町政の継続を訴えて出馬。激戦の末、保守系の新人に競り勝った。公約は「福祉の充実」と「住民参加の開かれた行政」。福祉行政の一元化のため、懸案だった町総合センターの位置を決定し、町民会議や調整モニター制度で住民の声を町政に反映させる。 吉村権財茂(昭33年卒)は役場の要職を歴任し、昨年から御前崎町長を務める。「二十一世紀は御前崎港、静岡空港、第二東名により、人・物・情報の流通が促進する。御前崎を流通拠点として発展させたい。マリンパークの整備で観光立町としての発展も目指す」と未来像を描く。「町民主体の町政の推進」が公約。「町民と同じ目線で、職員とも気安く意見交換していく」と力を込める。 「原発五号機増設をはじめ、図書館やプールの建設など、町民生活向上に必要な事業を断行してきた」と三期九年目に入った浜岡町長の本間義明(榛中・昭20年卒)は振り返る。くも膜下出血で倒れるという苦境から立ち上がり、町長に就任。複合福祉施設建設やケーブルテレビ施設開局、下水道整備も進める。「徳のある行政」を心掛け、町民の生命を守るためには県へも直言をはばからない。 県議会では西原茂樹(昭47年卒)が平成三年に初当選し、現在三期目。「人はだれでも主役になれる」と、しずおか緑花祭ではNPO活動のサポート役を務める。地域産業の発展のため、県政の場で御前崎港整備事業にも尽力している。県議会議長経験者には柳原清治(榛中・昭4年卒、故人)と山崎勝二(榛中・昭7年卒、故人)がいる。三輪徳一(榛中・昭15年卒)は四期十六年間吉田町長を務め、平成七年からは柳原宏行(昭32年卒)が一期四年間を引き継いだ。中村福司(榛中・昭16年卒)も相良町政を三期十二年間にわたって担当した。 【注】敬称略。 |
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