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昨年七月から今年五月まで、フラッグシップの性格を持つ銀座店店長も務めた。「夢や希望が形になった思い。開店時には感動した」と述懐する。 マドレーヌのイメージは「パリの小いきなティールーム」。十七年に及ぶ欧州での生活体験が社長鳥羽博道の目に留まった。「センスを生かせ」と一任され、店舗設計のフランス人デザイナーとの折衝、食器選び、メニュー開発、店員教育など店の誕生から成長まで付きっきりで寄り添った。 深夜残業も何のその。同僚から「男だったら良かったのに」と評されるほどの働きぶり。背景にあるのは「どんなに苦しくても楽しむこと。それが人を楽しませる」との心掛け。「人生で一番楽しい時期だった」信愛学園高(現浜松学芸高)音楽科の学生当時から、その信念は変わらない。 父は楽器会社勤務、母はピアノ教師という家庭で、幼少時からピアノになじんだ。中二から信愛高教諭の佐藤安子に歌を習い、そのまま音楽科で声楽を専攻。 エンターテイナーぶりは学園生活で花開いた。牛山公園での花火大会、結婚した教諭の“記者会見”、学校支給のコート不買騒動、教諭の名が付く金魚の飼育―。あふれる思い出につい、ほおが緩む。 個の強さは欧州仕込み。四歳から五年間ドイツに住み、高校卒業後はフランス、ドイツ、イタリアで声楽や語学を学んだ。本場のオペラには心躍らせたが、滞在年数がかさむにつれて「音楽で食べていけるのか」との不安も膨らんだ。 気持ちは趣味の料理に傾き、フランスの料理学校で資格を取得。イタリアでは料理店で修業した。結局、音楽の道はあきらめたが、「後悔はない」ときっぱり。 音楽も料理も、人を楽しませる点で、同じ通奏低音を持つ文化。「人の喜びはわたしの喜び。それが原点なんです」。
(文中敬称略)
(木、金曜日に掲載します)
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