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第1章 「若草群像」
田代愛子さん(県書道連盟常任理事)
(2002年11月29日掲載)
書作に生きる「歌心」

「品格のある作品を」と書に励む田代さん=湖西市鷲津の自宅で
 大きく息を吸い込み、フッと吐き出す瞬間、右腕を一気に走らせる。小気味よい運筆の流れ。その秘密は「歌心」なのだという。書の筆遣いにも強弱、伸縮、リズムがある。「音楽で培った感情の起伏が、書道に役立っているんです」。器楽の特待生として信愛学園高(現浜松学芸高)に入学した田代(旧姓山下)愛子=湖西市鷲津、昭38卒=ならではの表現だ。

 当時、信愛は音楽科の構想を練っていた時期。器楽部育成の機運も高まる中、名門新居中器楽部で磨いたアコーディオンの腕前が買われた。四十人所帯の信愛器楽部で一年生からソリストを務め、三年次には部長として楽団を引っ張った。

 朝練、放課後の特訓は日常に。日曜祭日もアコーディオンを担ぎ、冬場は指を温めながら練習に臨んだ。二年の時、「全日本リード合奏大会コンクール」で金賞を獲得。余勢を駆って各種コンサートや浜松盲学校での慰問演奏に取り組み、部活動の幅を押し広げた。

 全員で一つの曲を紡ぎ上げる感動が忘れられない。「表現しようというみんなの気持ちが指揮棒に集中する。言いようのない高揚感を味わった」と懐かしむ。ソロパートでは一人ひとりが主役。主張と協調の調和が器楽のだいご味だった。

 卒業後は銀行に就職し音楽からは離れたが、器楽部顧問の紹介で県書道連盟元副理事の四谷土門(故人)と出会う。小学生の時から席書会で入選するなど習字には自信があった。「ずっと何かをやりたい思いがあり、『ああこれだ』と直感した」。以後約二十年間、四谷に付いて書を学んだ。

 現在、県書道連盟常任理事を務め、自宅で開く「香桃書院」や新居中などで指導している。教え子の中には小学生のころから通い始め、四十代になる今日まで学びに来る者もいる。

 意欲の源泉はより良い作品を追求するチャレンジ精神。「書を通じて知らない自分を発見することがある。作品を評価されることで、自分の姿を形作る。書は人とのきずななのかもしれない」とうなずく。

 浜松学芸高は昭和四十年に音楽科を設立、本年度から書道コースを始動させ、田代の半生をなぞるように発展した。「音楽でも文字でも、心のこもった物は何でも、気持ちのつながりを生む」。母校の教育指針を応援せずにはいられない。

(文中敬称略)
(木、金曜日に掲載します)


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