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第2章「校史編」
変革の年
(2003年1月17日掲載)
真の“学力”を求めて

習熟度別の授業で勉強に励む特進Cコースの生徒たち
 数学担当の宇都元は職員室から飛び出して叫んだ。「岩瀬、お前気合入れろよ!」。センター試験を間近に控えた十一月。数学が苦手な岩瀬恭一=浜松市中山町出身、平12卒=は宇都に相談に訪れた。「何点くらい取れそうなんだ」との問いに合格ラインぎりぎりの数字を答え、トボトボ去る岩瀬。その背中に投げ掛けられた言葉だった。

 春、東京大文学部に現役合格。上級大学進学を目指す「特進Cコース」開設四年目だった。「あれで気合が入った。温かい先生と巡り合えた。高校三年間こそ、一番人に支えられた時期」。岩瀬は懐かしげに語る。

 総合芸術高として、その歴史を築き上げてきた学園が大きく変化したのは平成八年。普通科に「特進Cコース」と「吹奏楽コース」が設けられ、全科が男女共学に。校名は、普通科を象徴する「学」と芸術系コースを表す「芸」を取り「学芸高」と改められた。

 三年間を通した各教科の授業計画表「シラバス」に従ったカリキュラム、習熟度別、文理系別の少人数クラス編成など、独自のシステムを採用した特進Cコース。「“学歴社会”は終わっても“学力社会”は終わらない。産業界は昔以上に、しっかりした学力を付けた人間を求めている」。服部頴明理事長は、勉強軽視の風潮に警鐘を鳴らす。

 二十人一クラスでのスタート。学校に不安をぶつける保護者には、ただ「信じて付いてきて」と説得した。現在、立命館大理工学部四回生の伊藤友一=浜松市鴨江出身、平11卒=は同コース一期生。「朝はホームルーム前から、放課後は閉門まで先生は熱心に質問に答えてくれた」。思い出は勉強だけではない。

 サッカー部の発足や生徒会活動にも精を出し、教師と築いた信頼関係は今でも財産だ。昨年、母校で教育実習を行った。「恩返しの気持ちで教壇に立った。いつか教師として戻って来たい」。

 一方岩瀬は今後、現在学ぶ哲学の道を深めるため、大学院への進学を希望している。「好きなことに打ち込む時が一番幸せ。自分に正直になり、好きなことを一生懸命探してほしい」。自分との戦いに挑む後輩たちに、心からのエールを送る。

(文中敬称略)
(木、金曜日に掲載します)


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