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「最初は『気の毒』という気持ち」。同じ目線に立てないもどかしさは残ったが、子供と接する喜びが勝った。「彼らは純粋なんです。ふと気持ちが通じ合えた時、自分の心が洗われるのを感じた」。人と人との交感に障害・健常の境はない。進んで福祉の道を歩み、三十年以上を経過した。 昭和五十三年に同高社会奉仕部が発足すると、小羊学園はボランティアとして部員を受け入れた。同五十七年には学校から程近い同市中沢町の知的障害者授産施設「くるみ共同作業所」との交流も始まり、生徒たちは両施設を通じて障害者との親交を温めた。 同部元顧問の大島敏浩や現顧問小川良徳らが運営法人の役員を務めるなど、くるみ共同作業所との関係はとりわけ深まった。部員は放課後に施設に立ち寄り、通所者と肩を並べてけん盤ハーモニカの組み立てや印刷の仕事などを手伝った。献身的な活動が評価され、平成四年と十三年に日本善行会から表彰を受けた。 同作業所が主催するバザーや交流会の実行委として、部員や教諭らは大きな戦力だ。山北美恵子=平8卒、同市尾張町=は今も行事のたびに足を運ぶ。「行けば声を掛けてくれるから、うれしいし、また会いたい気持ちになる。みんな前向きに頑張っていて元気をもらえる」と声を弾ませる。 学生と接する際の通所者の表情は生き生きと輝く。同作業所の理事長永井昭は「彼らはアイドル的な存在。障害者にとって社会との接点になっています」と喜ぶ。大島は「どんな人とも壁を作ることなく、自然に接せられる人になって」と活動の充実に力を注いだ。 福祉分野で活躍する元部員もいる。同市立重度障害児者生活訓練センター「のぞみ」に勤務する亀井照子=昭58卒、同市三幸町=は「社会奉仕部では、いろいろな人生や考え方を教えてもらった。自分が磨かれた時期だった」と振り返る。
(文中敬称略)
(木、金曜日に掲載します)
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