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昭和十年十一月九日、愛国婦人会総裁の東伏見宮妃殿下が浜松高女へ来校。吉田は来校を記念して作られた写真集「御台臨記念帳」を取り出し、古ぼけたページをめくりながら「こちらにいらっしゃる」と宮様の姿を指で追った。 雲の上のような存在だった宮様の来校は浜松高女だけでなく、市全体を歓迎ムードに包んだ。 市議会は九月上旬、臨時の予算を議決。校舎や校庭を修理し、講堂の裏手には宮様用のトイレも新築した。浜松高女は学校を上げて台覧演技の練習や清掃作業に取り掛かった。 「碧空一点ノ雲モナク秋日殊ニ朗ラカニ微風タニナシ」。黒田伝次郎校長は宮様が来校した時の天候を「御台臨記念帳」につぶさに残していた。宮様は午前十一時二十四分に浜松駅に到着し、自動車で約十五分掛けて同校まで移動された。 運動場では生徒らが国歌斉唱で迎え、なぎなた術、合同体操を披露した。続いて県知事に続いて万歳三唱を唱えた。そして、講堂では生徒の裁縫や書道の作品などをご覧になり午後一時二十分に辞去された。 なぎなた術の合同演舞式のために学習院から招かれた片山師範のもと、生徒たちは懸命に練習に励んだ。演舞式には浜松高女のほか、見付高女、掛川高女、二俣高女の女学生らが参加。四百人以上が息を合わせてなぎなたを披露した。 はかま姿になれるなぎなたが大好きだった関根ふゆ=高女33回、竜禅寺町=は演舞式を「良い思い出」と振り返り、「校舎から階段で下りた所にあった運動場で生徒がいっぱいになって演舞した」と様子を語る。 菊を講堂に出品した園芸部の河村ひさゑ(83)=高女33回、浜北市=は毎日暗くなるまで花壇で虫を取ったり、鉢を磨いたりするなどし、夏休み中は部員が一日に二回ずつ水をやっていたことを覚えている。「菊は虫や菌がつきやすため、細心の注意と忍耐力と努力で色とりどりの花を咲かせた」という。妃殿下が菊に目を止められただけでなく“お褒めの言葉を下さった”という知らせを受けて「感涙にむせいだ」と河村は句文集「冬銀河」で振り返っている。 (文中敬称略)
(水、木、金曜日に掲載します)
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