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市立高のテニスコートは国体が行われるまでは、練習の後にいつもにがりを入れ、水で固め、朝にローラーを掛けなければいけないほど良くない状態だった。当時部長だった白井つね美(62)=高10回、富塚町=は「国体で幾分かコートも良くなったと思う」と振り返る。 国体開催中の二十六日から三十日まで、同校の校門には「歓迎第12回国体軟式庭球会場」の文字が入った大きな看板が掲げられた。市立高テニス部は県の代表として出場はできなかったが、全員が国体の準備と運営にあたった。当時テニス部の顧問だった小杉勝(74)=蜆塚=は「生徒はコート整備などもしていた」と、大会の裏方仕事に汗を流していた生徒を思い出す。部員は開会式で出場校の名前が入ったプラカードを持った。全国から強豪チームが集まった国体で、プラカードを持って入場できたのは良い思い出だ。 国体開催中の十一月二十八日、三笠宮妃殿下が市立高を訪れ、国体をご観覧。当時の記録によると、三笠宮妃殿下は午後二時二十分から二十分ほど、同校を訪れた。三笠宮妃殿下はテニスの試合をご観覧になるなどし、テニスコートの南東、講堂前の庭に記念の植樹も行われた。 植樹は人を集めて大々的に行ったわけではなく、近くにいた人たちが見守る中でささやかに行われたようだ。白井は「審判でメーンとサブのコートを行ったり来たりしていた。試合もじっくり見ることもできない状態だった」と振り返り、三笠宮妃殿下が来校した記憶もない。「特に記憶はない」生徒は多いが、白井の同級生の中には後にこの時植樹したヒマラヤシィーダを見に行った生徒もいる。 ヒマラヤシィーダはその後の運動場整備の時に抜かれてしまう。小杉は「植樹当初は記念植樹の木だと分るように看板か何かを立てていたと思う。年月が過ぎるうちに分らなくなってしまったのではないか」と語った。 (文中敬称略)
(水、木、金曜日に掲載します)
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