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昭和四十五年二月鉄筋四階建て、一部五階、延べ三千二百三十六平方メートルの第三棟校舎が完成。新校舎の中には図書館や音楽室などのほか、五階部分に県内の高校で初のプラネタリウムが設置された。 プラネタリウムは校舎の中心的な位置にあって、外からもドームが見えた。当時、数学教師だった鈴木文雄(62)=磐田市=は「シンボリックな感じだった。学校にプラネタリウムがあるのは先生も生徒も誇りに思っていた」と語る。
約五十年間使っていたプールに代わって昭和四十六年、新しいプールが完成した。縦五十メートル、横二十五メートルで、約二百人が一度に入れる広さ。プールサイドは三百五十人収容できるスタンドや大きな更衣室もあった。 一番深いところで水深百二十五センチで競技専門ではなかった。その理由を第十代黒田荘六校長=故人=は「水泳クラブのみのプールではなく、全生徒が楽しめるものという考えの下で進めた」と、昭和四十六年の「曳馬野会だより」で語っている。プールの角が丸く加工されていたのも女生徒のけがを心配したからだった。 同校の元図書館長寺田泰政(77)=蜆塚=は通勤途中で二つの施設について黒田と交わした会話を覚えている。 寺田は「黒田校長が『女生徒だから夜ではなく、昼間に天体観測の授業を受けさせたい』と広い視野に立った教育を実施していた」と振り返った。 (文中敬称略)
(水、木、金曜日に掲載します)
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