浜松市立高100周年

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 第3章 「復興・新生」 (14)

全国文芸で数々の受賞


第8代木原美義校長が題字を書いた「篠家文集注釈」

 国語学者賀茂真淵を輩出するなど隠れた文学都市「浜松」で、鷹野つぎ、河野多麻など文学の発展と深くかかわった卒業生を生んだ浜松市立高。文芸部と古典研究クラブは作品の創作に取り組んだり、先輩の文学を研究し、郷土に広めるなどさまざまな活動をしている。

 文芸部が昭和二十九年に創刊したクラブ誌「ながれ」は全国の文芸コンクールで数々の賞を受賞している。「ながれ」は後に教諭となった山元みどり(65)=高7回、富塚町=が部員だった二年生の時に名付けた。

 機関誌の命名は部員などから候補を募って行い、「さわらび」と「ながれ」の二つから最終的に決まった。山元は「小川のような流れが、みんなで協力することで大きな流れになるようにと考えた」と語った。創刊当初は学期ごとに一冊、第四号からは年一回の刊行を続けている。


山元が命名したクラブ誌「ながれ」

 「ながれ」は平成元年の全国高校文芸作品コンクールで優秀賞を受賞したのを皮切りに、第四十九号まで十一年連続で上位入賞を果たした。創刊当初からA5判に小説、詩、短歌、俳句、随想など一年間の生徒の集大成を詰め込むスタイルは変わっていない。

 連続上位入賞のスタートとなった年に部長だった鈴木由利(28)=高43回、静岡市=は「初めてコンクールに出した『ながれ』が優秀賞に選ばれたのは一番の思い出」と語る。鈴木はものを書くのが好きで文芸部に入部し、今も趣味で小説などを書いている。

 花島環(28)=同、神奈川県=は「互いに作品を批評し合ったり、自分と感性の違う人と話せた」と良い仲間に会えた部活を振り返る。

 文芸部の顧問を長年務めた後藤悦良(58)=菊川町=は「一年生の時はパッとしなくても、三年生でびっくりするような良い作品を書く生徒がいる。毎年才能のある生徒に恵まれた」と語った。

 古典研究クラブは国学者賀茂真淵の研究などで浜松市の文化保存などに貢献。昭和三十五年十一月、創立六十周年記念で「篠家文集注釈」を創刊した。また、年に一回ずつ出していた注釈本をきっかけに、浜松史跡調査顕彰会は同五十四年にA5判、二百八十ページに及ぶ「賀茂真淵―生涯と業績」を刊行した。

(文中敬称略)

(水、木、金曜日に掲載します)


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