浜松市立高100周年

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 第3章 「復興・新生」 (15)

県内屈指の体操チーム


今年の熊本国体に出場した体操部のメンバーら

 戦前から活躍が際立つ浜松市立高の運動部の中でも、のちに体操部となる器械体操と団体徒手(新体操)は県内屈指のチームとして国体、インターハイに名を連ねている。

 昭和三十六年、嶋野美佐子(58)=高14回、西山町=が床運動、跳馬、平行棒、平均台の四種目で優秀な成績を収め、体操部の歴史の中で初めて国体出場を果たした。嶋野は「緊張や全国の高いレベルを目の当たりにして大会のことはほとんど覚えていない」と語る。

 器械体操を指導していた山元みどり(65)=高7回、富塚=は「大会で失敗して泣くなら練習で泣くようにした」と自ら厳しかった練習を認める。同四十一年の赴任時はあまりの厳しさに、二、三年生の部員が全員やめてマネジャーとなった。「端から見ると怒っているだけのように見えたかもしれないが、生徒に試合で勝たせることで、努力が報われることを教えたかった」と語る。

 山元の厳しい練習に耐えた生徒らは悲願のインターハイ出場を四十三年に決めた。榎谷はる子(50)=高21回、鴨江=、松下政代=同=、鈴木常子=同=、竹山三保子=高22回=、中野和子=同=のメンバーが初めて団体十位の快挙を遂げた。

 団体徒手をコーチしていた名波早苗(63)=高9回、高丘=は「当時は競技自体が今ほど華やかでなかった。体育館の隅や、ほかのクラブの練習が終わってから練習した」と話した。

 五十二年、器械体操が廃止される。ボールやリボン、こん棒など華やかな新体操に変化するが、その後も体操部の活躍は続いた。

 五十五年、インターハイ個人総合で、伊藤玉緒=高33回=が九位に入賞する。翌年にはインターハイで風間千佳代(37)=高35回、富士川町=、牛田あゆみ=同=、蟹江佐知子=同=、吉浦小百合=同=、御室由里=同=、徳永貴美=同衛生看護科=の六人が団体総合十位の活躍をした。風間は「部活は辛かった。仲間がいたから続けられた」と振り返る。

 風間は卒業後、ワールドカップなどにも出場。今は新体操の底辺拡のため、地元で新体操教室を開き、子どもたちに指導している。

今年も体操部の鈴木那津実、杉本恵理、白畑有美子、鈴木麻衣子、内野由起子、高橋奈尾美、村上奈尾、平野恵美はインターハイ出場を果たした。

(文中敬称略)

(水、木、金曜日に掲載します)


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