浜松市立高100周年

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 第4章 「羽ばたく女性」 (7)

同窓生の心に「誠愛節」


新しい同窓会拠点となる誠玲館

 浜松市立高同窓会は昭和初期、中村いち=高女7回、故人=を会長にして発足。戦後、学校を復興させようとバザーを開いたり、老人ホームへの慰問、結婚相談などさまざまな活動をしてきた。

 林ひで=高女9回、故人=は三十三年に創立五十周年の記念行事の一環として、家庭寮兼同窓会館建設に尽力。同年、その後四十年余り続いた同窓会の「結婚相談」が始まった。

 三十八年には「曳馬野会だより」が復刊した。小栗せつ=高女18回、故人=は「世は進み人は変わっても同窓生の心の中には『誠愛節』の教えがある」と言葉を寄せている。

 小倉てい=高女28回、故人=は女流文学者鷹野つぎ=高女5回、故人=の文学碑建立、水泳教室や特別養護老人ホーム静光園=根洗町=への慰問などに奔走した。

 慰問は初代園長平野綾子が同窓生だったことから話が持ち上がった。四十八年の「曳馬野会だより」で小倉は八月二日、初めて理事会で見学に訪れた時のことを振り返り、「同窓会として援助をしなければならないという気持ちを新たにした」とつづった。続く九月十五日の「老人の日」にはお菓子や衣類、寄付金などを持参し、老人たちに喜ばれた記録が残っている。

 慰問が始まった当初、常任理事で、後に会長となった寺田ひさ子(81)=高女35回、広沢=は「同窓会館で行っていたけいこ事の月謝を寄付の基金にしていた」。なかなか寄付金が集まらない状態でも、同窓会が援助を続けた。

 杉浦幸子(78)=高女37回、栄町=は菓子などを持って、話し相手になる現在とは様子が異なっていた慰問活動を思い出す。「ペンを持つことができない人の代わりに、年賀状を書いた年もあった」。増田通江(60)=高12回、広沢=は「もちつきに行った時、お年寄りが喜んでくれた」と思い出す。

 河合八重子(70)=高2回、山下町=は学制改革の影響で高女と新制高校に通った卒業生。「二つの時代を知っているから」と会長に任命された。河合は「校舎や講堂の取り壊しと、新校舎の落成式など忙しかったが、女学校と新制高校両方の卒業生の接点になれた」と話した。

 竹田君枝現会長(53)は「慰問は続けていきたい。これからは在校生が同窓会の存在を身近に感じられるようにしていきたい」と語った。

(文中敬称略)

(水、木、金曜日に掲載します)


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