![]() | <43> |
三十歳そこそこだった磐田南高教諭時代に一年間、生徒に混じって理数科主任の授業を受講した。「原書を広げて教えるすごい先生で。一度見せてもらったらあんまり面白くて、生徒になってしまった」 浜松市村櫛町出身。西高時代は船と列車を乗り継いで通学し、「まだ空に星が残るころに家を出て、星が輝き始めるころに家に帰った」。 静大教育学部を卒業し、浜松市立、磐田南、袋井高などで十八年教壇に立つ。教員時代は、先輩だけでなく「生徒にも“おしょわって(教わって)”ばかり」。初任地の女子校、浜松市立では、生徒たちに言葉のアクセントを直された。「雨と飴(あめ)が一緒だったりしたから。今でもなまりがあるけどね」 教育行政の経験は長い。県教委高校教育課長在職中には、単位制の静岡中央高の開設や、小笠高の総合学科新設など、県内初の試みを実現。県総合教育センター「あすなろ」の初代所長も務め、教職員研修の体系化、生涯学習の拠点作りに力を注いだ。 平成九年四月からは県教育長。中高一貫教育の導入や高校の再編整備など、教育改革に手腕を振るってきた。 「中高一貫教育は、人生でもっとも柔軟な時期の子供たちの意欲を引き出し、六年間継続して育てること。教師にとってこれほど大きな楽しみはないはず」と現場への期待は大きい。 校長時代の式辞で、よく引用した詩がある。思想家、評論家としても知られる詩人安積得也の「未見の我」だ。 深い森の何千億枚の樫(かし)の葉にも、どれとして同じものはない、と始まるこの詩は、人には自分にも他人にも分からない、可能性を秘めた「未見の我」が隠れているとうたう。 「時代が変わり、教える手法は変わるが、教師の役割は変わらない。子供一人ひとりが持つ良いものを引き出し、励ましてやること」 長い教育生活に思いをはせることも多くなった。「最近何かの拍子に妻から、『子供のことを悪く言ったことだけは一度もない』と言われたのがうれしかった」と照れ笑いした。
(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)
|
浜松市立高百年 掛中・掛西百年史 榛原高校百年 引佐高の百年 |
沼津東高百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年 田方農高の百年 静岡新聞へ |