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第5章「教育者の系譜」

周辺地域の教育に全力
「特色のある学校作りを進めれば、学校格差は生まれない」と話す村松右さん=浜北市西美薗の浜北市教委
 「自由と規律」を掲げる校風が影響しているのだろうか。教育界に多くの優秀な人材を送り出している西高。浜松市周辺の地域にも、教育に全力を注ぐOBらの姿がある。

 「具合が悪くて授業を抜けても、剣道の練習だけは休んだことがなかった」と高校時代を振り返る村松右(昭39卒、浜北市)は、平成十三年から浜北市教育長。小学校の学区弾力化を県内で初めて平成十五年から実施する。足かけ三年の懸案だったが、持ち前の粘りで地域の了解を得た。

 学校が増えて学区にねじれが生まれ、近くの学校に通えない子供が出てきた。「保護者にもある程度選択権を与えたい。十二校が特色を出せば、学校格差は生まれない」と自信を見せる。

 「子供の想像力は計り知れない。きっかけさえ与えれば、自分でどんどん発展させていく」と話すのは、雄踏町教育長で、県町村教育長会会長の沢木哲之(昭28卒、雄踏町)。大学教授や周辺市町の理科の担当教諭らの協力を受け、子供に自然観察や実験の面白さを伝える「科学の祭典」は、今年四年目を迎え好評だ。

 気賀高校長を務めた熊野敞造(同、木戸)、浜松市立高台中校長を務めた小梢正則(同、法枝)とは、高校時代の親友。「三年の夏休み、米津の浜で一晩語り明かしたのが忘れられない」。

 細江町教育長の名倉正雄(同、細江町)も昭和二十八年卒組。西部教育事務所次長を経て細江中校長を退職、五年の晴耕雨読の後、平成十二年に現職に就任した。「年寄りが引っぱり出された」と笑う。

 町内の小中学生は二千百十六人。「不登校は一人もいない」と胸を張る。教員のころは野球部の指導で鳴らした。「子供の世界は授業の中だけでは見えない」。部活動の休憩時間、ぽろっと出る子供の本音に胸を打たれたこともある。

 舞阪町教育長の野寄浩司(昭30卒、舞阪町)は高校時代、イラストレーター、エッセイストとしても知られる水野良太郎(同、東京都)ら個性派のそろった美術部に所属。水彩画家を志すが、教育実習で先生の仕事の魅力にとりつかれた。

 美術の教員には、特別な魅力があるという。「机の間を歩き回りながら、時には筆を持って教えることも。子供との関係が自然に密になる」。

 小学校校長のころ、どうしても教室に入れない子に、校長室で毎日、朝の会から一対一で授業をした。「子供と一緒に時間を過ごすこと。そうすれば、どこでつまづいているのか見えてくる」。

(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)

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