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第6章「独創に生きる」

アパレル店を全国展開
「自分が欲しいと思うものを作ってきた」と話す高畑啓子さん=浜松市野口町の静岡文化芸術大
 「こういうものが欲しい」と思うとアイデアが頭の中を駆け巡り、すぐに形にしてしまう。子供のころから高畑啓子(昭42卒、旧姓中村、東京都)は創作意欲がおう盛だった。西高時代、アイビールックの爆発的な流行とともに、火付け役となったブランド「VAN」のロゴ入り紙袋を、学生かばんと一緒に持つのがはやった。

 小遣いをためてシャツなどを買いに行くが、そうそう続かず、紙袋はすぐくたびれる。「それなら作っちゃえ」と似ているクラフト紙を探し出し、実業高校に通っている友人に学校の印刷機で「VAN」の文字を刷らせた。「字がずれたり、今思えば粗悪品だったけど、友達にも結構人気だった」

 赤や黒しかなかった体操着入れが気に入らず、チェックの生地で同じものを作り直したことも。こちらは市立高の女生徒らに受け、友人に“商品”を託すと、いつも完売になった。

 自分が欲しいと思うものを作るスタンスは、このころから変わらない。二十二歳で立ち上げ、現在全国に直営店四十六店を展開するアパレルブランド「アップルハウス」もその延長線上にある。

 西高から明治大に進むが、卒業を待たずに実業界に飛び込んだ。手作りの紙粘土の指輪が売れ、当時の大学生には大金の三十五万円をためたのがきっかけだった。

 吉祥寺に開いた一号店は、当初はアクセサリーショップ。やがて「もっと見栄えのする商品が欲しくなり」、一斗缶で布を染め、洋裁雑誌の型紙を参考にしながら洋服を作ってみた。

 綿などの天然素材と自然な色合い、流行に走らないデザインが、固定ファンをつかむ。年商十二億と事業が拡大した現在でも、浜北市にある工場で染色から縫製まで、一貫して自社製造を守る。

 昨年春、五十一歳で故郷の静岡文化芸術大に社会人入学した。「ずっと自己流でやってきたので、裏付けが欲しくなったのかも」。東京・中野の本社と大学、浜北市の工場を往復する生活は多忙を極める。浜松の滞在時間が増え、「遠州弁が完全復活した」と笑う。

 月刊誌などに七本のエッセーを抱え、ビジネス関係の著書も多数。一気にまとめて執筆する月末の土日は、自分と向き合う特別な時間だ。

 ヘビースモーカーで、話し好き。「人生は、プラスマイナスゼロ。いいことが多い人は、悪いことも多い。いいことが少ししかない人は、悪いことも少し。悪いことが起こっても、そう思うことにしているの」

(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)

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