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第6章「独創に生きる」

人生変えた情熱の踊り
「生活の中に息づくフラメンコ」を追求する大塚友美さん。浜松では、後進の指導にも力を入れる=浜松市旭町のSBS学苑浜松
「アルサィ、トマ(上げて、取って)!」。手拍子に乗り、フラメンコの踊り手たちが激しく体を動かすステージに、高らかなラッパの音とともに登場する法被姿の男女。「オイショ、オイショ」の声がスペイン語の掛け声に呼応し、やがて全員が、大塚友美(昭57卒、富塚)を囲んで一つの輪になった。

 年明けの一月十七日、大塚が、主宰するグループ「アルサィトマ」を率いて、五年ぶりに浜松で開いた舞台公演のクライマックス。浜松まつりの練りを織り込んだ意外な演出に、会場は盛り上がった。

 「フラメンコは、生活の中に息づく踊り。人の誕生や結婚、死。さまざま場面で輪を作って主役を囲み、みなで喜び、悲しみを分かち合う踊りなんです。初子の誕生を勇壮な練りで祝う浜松まつりとは、案外近いところにありますね」

 短大時代のバンド活動で、スペインの伝統音楽に魅せられた。情熱的なリズムの源流に興味を抱き、フラメンコに出会う。日本人の先生について踊り始め、卒業後も外資系企業で事務の仕事をしながら、習い続けた。

 そんなある日、新宿のタブラオ(フラメンコ酒場)「エル・フラメンコ」で見たジプシーの女性の踊り手、コンチャ・バルガスの踊りに衝撃を受ける。

 「華やかできれい、というのとは全然違った。エネルギッシュで、どちらかといえば粗野で、内面からあふれ出すような表現。これは現地に行かなければだめだと」。仕事をやめ、昭和六十三年、二十五歳で単身スペインへ。あこがれたバルガスが開いていた小さなアカデミーの戸をたたき、弟子になった。

 一年ほどで帰国、東京のタブラオやライブハウスでステージに立つ。フラメンコの踊り手はまだ珍しく、全国から出演依頼が来たが、自分の踊りに自信が持てず、ストレスで胃痛に苦しんだ。機会があるごとにスペインで勉強をし直し、少しずつ自信をつけた。

 五年ほど前に、拠点を浜松に移す。田町の「ハートランド」で二、三カ月に一度開くライブは二十五回を数え、毎回キャンセル待ちが出る人気ぶりだ。

 三十八歳、一児の母。小さな体に、圧倒的な存在感がある。「フラメンコは、人生そのもの。スペインでは上手な子供を褒めるのに『小さいのにおばあさんみたいな顔をして踊る』っていうんですよ」。

(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)

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