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第6章「独創に生きる」

現代に切り込む美術家
「多様化したメディアの中で、あえて絵画の表現を追求したい」と意欲を見せる中村さん=東京都内
 美術造形の分野で活躍する卒業生の中で異彩を放つのは、戦後、社会派の旗手として制作活動を開始した画家中村宏(昭26卒、東京都)。立川基地拡張反対闘争の現場をダイナミックな構図で描いた初期の代表作「砂川五番」(一九五五年、東京都現代美術館蔵)は、左翼芸術の枠を超えた傑作として知られる。

 絵を志した兄の影響で、西高から日大芸術学部へ。旧ソ連のエイゼンシュテイン監督の映画「戦艦ポチョムキン」を見て感動、その手法が事実を時系列でとらえず、断片的に組み立てることで思想を映像化するモンタージュ理論に基づくものと知り、絵画への応用を思い立つ。

 同じころ学生運動に傾倒。ルポルタージュ絵画運動に加わり、闘争の現場を取材しイメージを断片的に画面に構成した一連の作品を仕上げた。汽車や女子学生のモチーフが繰り返し現れるシュールレアリスム(超現実主義)的な作品を経て、列車の窓を一枚の絵画に見立てた「車窓篇(へん)」などに取り組み、絵画の中の時間や空間の意味を問い続けている。

 個展を中心に黙々と作品を発表する傍ら、画塾「美学校」の創設に参加。作家・評論家の澁澤龍彦らと親交を持ち、著作の装丁なども手掛けた。

 現在は、東京の自宅と長野のアトリエを往復し、制作に励む日々。六月の「齣(こま)展」に向け、鉄道のダイヤグラムをモチーフにした連作の制作が佳境だ。「メディアが多様化する中、絵画という手法自体が古いという批判は甘んじて受けるが、あえてその表現を追求したい」と、古希を迎え意欲は充実する。

 新象作家協会を立ち上げた河村家正(昭11卒、東伊場)をはじめ、地元で地道な創作を続けるOBも多い。鈴木重種(昭30卒、篠原)は、武蔵野美術学校(現武蔵野美大)時代からアンフォルメルなどの抽象手法に共鳴し、昭和三十七年に国画会賞を受賞。欧州周遊を機に半具象的な制作を展開、県美術家連盟展などで作品を発表する。

 鈴木のころは美術部の活動が盛ん。陶芸の三輪雅章(昭30卒、石原)、日本画の山下邦雄(昭和30卒、浦和市)ら、その道に進んだ同期は多い。

 日本画には、抽象表現を盛り込み独自の世界を開く仲山計介(昭42卒、東京都)も。建築分野の水野元(昭54卒、故人)は、磯崎新の事務所に勤め、ポーランドの日本美術技術センターの設計で政府表彰を受けるなど高く評価されるが、病気のため夭折した。

(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)

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