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二中時代の終わりは第二次大戦の真っただ中。学徒動員先の浜松工廠で飛行機整備に明け暮れる。テスト飛行に同乗し、浜松市上空を飛んだことも。戦時中だけに、海兵や陸士のほか、理工系へ進む同級生が多かったが、国語を学ぼうと広島高師に進んだ。 戦後は東京文理大(現筑波大)、同大学院で心理学を専攻。言語心理や言語発達の分野に取り組み、昭和二十八年、設立五年目の当時の文部省の外郭団体(現独立行政法人)国立国語研究所へ入った。 幼児や小学生の言葉の発達調査、漢字の修得調査などで実績を上げ、昭和五十三年から十年にわたり言語教育研究部長を務めた。「ことばからの幼児教育」(フレーベル館)、「こどもは『あした』が好き」(東京書籍)など著書も多数。昭和六十三年から埼玉大教授、東京家政大教授を経て、現在は聖徳大講師。 言葉へのアプローチは幅広く、回文やしりとりなど、遊びを通じて日本語のきまりを覚える言葉遊びの普及にも力を入れる。主宰する「言葉遊び研究会」の活動は三十年近く続き、講演で全国を回る。夏休みに東京など三会場で開く言葉遊びセミナーには毎年、保育園や幼稚園の先生、言葉のカウンセラーなど約二千人が集まる。 子供の言葉は、身体の感覚やリズム感を伴って発達するという。「例えば赤ちゃんが立ち上がる時、『えっし、えっし(よいしょ、よいしょ)』なんて声をあげる。次の時には、お母さんが『えっし、えっし、しようか』と言えばだいたい理解しますね」。 持ち上げてあやす「高い高い」や「むすんでひらいて」のような手遊びなど、身体的な接触や動きを伴った言葉は、子供が言葉を獲得していく大事なプロセス。「それが今では核家族で、そうした触れ合いが減っている。分かっても分からなくても、親が言葉を発してあげることが大切」 故郷への愛着は人一倍。著書や監修の辞典を、母校の雄踏小や西高に贈り続ける。
(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)
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