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水晶に電圧をかけた時に発生する振動で時を計るクオーツ時計は、その正確さから放送局用などとして昭和二十年代から生産されていたが、消費電力も大きく、小型化は困難と思われていた。 一方でスイス製に代表される機械式の腕時計は、昭和三十年ごろまでにはほぼ完成の域に達し、メーカー間でより誤差の少ない、新しい方式を用いた腕時計の開発競争が始まっていた。 入社は昭和三十五年。クオーツ腕時計の開発を目指した初代社長山崎久夫は、電子工学の技術者を求め、全国の大学を行脚。藤田のいた静岡大工学部にもやって来た。社会が電子化の流れにあり、就職は売り手市場だったが、「明日からでも一線で開発にあたってほしい」という言葉に、まだ地方の一企業だった同社への入社を決意する。 開発チームは、多い時でも七人ほど。水晶、回路、モーターの小型化と省電力化に取り組み、藤田は責任者として、システム設計全体を見た。ブック型の携帯時計から懐中時計へと、少しずつ小型化。最終段階では、棒状だった水晶の振動体をU字の音叉(おんさ)型にし、極小化に成功した。支持部分が小さくなり、腕時計には不可欠な耐震性もクリアできた。 「アストロン」の名で商品化されたのは、昭和四十四年十二月。最初の製品に用いた回路は、当時ハイブリッドICと呼んだ接続部分の非常に多い回路。取り越し苦労だったが、「故障が続出して修理に追われるのでは、と内心ひやひやしていた」と明かす。 その後も液晶テレビや液晶表示によるデジタル・クオーツ腕時計を他に先駆けて開発し、現場での仕事を貫く。「好きな研究の場を与えてもらったことに感謝している。本当に楽しかった」 若いころ仕事で回った欧州で、短い労働時間でゆとりのある生活を送る労働者に新鮮な驚きを覚えた。八年前に五十六歳で退職し、気ままな海外旅行を楽しむ。「安宿に泊まって田舎町を歩くのがいい。日本で暮らすより安いくらいですよ」
(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)
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