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無差別テロ。警察庁長官時代に遭遇した地下鉄サリン事件がだぶった。「ここまで来たか、と思った。人としての法(のり)を完全に超えた行為。国家はあらゆることを想定し、備えなければならない時代になった」 警察庁長官就任は、平成六年七月。翌三月二十日、地下鉄サリン事件が発生する。オウム捜査に関する全国の警察の指導調整などに忙殺されていた同三十日、自宅前で三発の銃弾を浴び、ひん死の重傷を負う。 オウム事件の渦中、厳戒態勢下での長官狙撃は日本を震かんさせた。「事件は未解決で、真相は分からない」と詳細は語らないが、退官後に発表した手記では「全身から力が抜けていくような無力感」と闘ったと、胸の内を吐露した。 復帰後は、就任当初からの課題だった犯罪被害者対策に加え、苦い経験から、第一線の警察官の増員、組織犯罪捜査を円滑にするための警察法改正に取り組んだ。 西高から学生紛争まっただ中の東大に進学するが、剣道一筋のノンポリで、学生に振り回される警察の姿に「苦労ばかりで割に合わない」と同情した。剣道部OBや警視庁の師範の勧めで警察の道へ進む。 警備公安、刑事の要職を歴任。刑事局長時代、暴力団対策法を成立させた功績は大きい。「暴力団が反社会性の強い組織だと納得してもらうのが大変だった。隣の元気のいいにいさん、という程度の認識しかない向きもありましたから」 平成九年に警察庁長官を退官し、三十六年間の警察人生に区切りを付けた。スイス大使となり、二年半。「小国で、人的資源だけが頼り。まじめで控えめな人が多い。日本と似ていますね」 西高ではその秀才ぶりで周囲をうならせ、「内職しているなと思って指しても、きちんと答える。まいったな、と思ったね」と振り返る恩師も。 一代前の警察庁長官を務めた城内康光(昭28卒)は、西部中以来の先輩。「進取の気性があり、よき浜松人の典型。ついていくのが大変なほどだった」。後輩には「日本の学歴や肩書きの通用しない国際社会で勝負できる力を」と望む。
(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)
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