<68>

第7章「道を究める」

多彩な学究 広い裾野に
 大学で専門研究や、後進の育成に携わる西高OBは多士済々で、研究分野の裾野も広い。  九州東海大学長の川島協(昭26卒、熊本市)は西高を卒業後、県渡米留学生後援会の第一回留学生として米国に渡り、カリフォルニア工科大で物理学を学ぶ。終戦間もなくの渡米で、「何もかも珍しく、驚くことばかり。物事の発想の違いに、まさにカルチャーショックを受けた」。

 帰国後は東大工学部研究生や助手を経て、富士電機製造に入社。昭和四十三年に出向した動力炉核燃料開発事業団で、高速増殖炉「もんじゅ」の開発に尽力した。同年、東大から工学博士の学位を授与される。

 平成五年に東海大工学部教授となり、平成十年から現職。昨年からは東海大理事も務める。同期には、亜細亜大法学部教授を務める商法研究の鈴木薫(昭26卒、東京都)もいる。

 「二中は私の基礎を作ってくれた学校。どんなに感謝してもしきれない」と振り返るのは、成蹊大経済学部長、同経済学研究科長などを歴任した新井益太郎(昭15卒、東京都)。病気で留年し、恩師らに支えられた経験は忘れがたいという。会計学や経営学を修め、成蹊学園専務理事など学校法人の要職にも就いた。

 ギリシャ哲学の内山勝利(昭35卒、京都市)は、六〇年安保世代。京大に進み、「政治の季節の中で、洗濯機に放り込まれたシャツのようにひっかきまわされた」ことが、哲学への道につながった。関西大文学部教授、京都大文学部教授を経て、平成八年から同大大学院文学研究科教授。

 親族法を中心とした民法を専門にした山崎邦彦(昭12卒、故人)は、横浜国立大教授を務めた。法学分野ではほかに神戸大、帝京大教授に任じた法哲学の松下輝雄(昭10卒、東京都)も。

 英米文学では、広島大などで教えた和田弁(昭6卒、富塚)や同志社大で教べんを取った渥美正平(昭19卒、故人)。ロシア語研究の佐々木秀夫(昭18卒、故人)は愛知大教養学部長を務めた。

 理系分野では、竜ケ岩洞の調査などでも知られ、名古屋大教授を務めた地球科学の塩崎平之助(昭20卒、名古屋市)、愛媛大農学部で教えた田代豊雄(昭18卒、松山市)ら。東北大教授だった数学の望月望(昭29卒、仙台市)は退官時、浜松市美術館に北川民次の油絵などを寄贈し話題になった。

 地元大では、静岡大人文学部教授を務めた国文学の岡部政裕(昭6卒、東京都東伊場)、同工学部の稲垣訓宏(昭35卒、鴨江)、静岡文化芸術大教授の岩崎鉄志(昭31卒、馬郡)らがいる。

(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)

浜松市立高百年 掛中・掛西百年史 榛原高校百年 引佐高の百年

沼津東高百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年 田方農高の百年

静岡新聞へ