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第8章「地域の礎」

県内最年少で町長就任
「面積も人口も程よく、住み良い町」と細江町を語る伊東真英町長=細江町役場
 「向こうの山からこちらの山まで。広くなく狭くなく、人口も程よく住み良い町ですね」。細江町長の伊東真英(昭45卒、細江町)は役場の屋上からぐるりと周囲を見渡し、すぐ南に都田川、浜名湖が光る、豊かな自然に目を細めた。

 平成九年、杉山辰雄町長の急逝に伴う細江町長選挙に無投票で初当選。県内市町村では最年少の四十六歳で町長に就任した。現在二期目。

 人口約二万千六百人、面積三四・一八キロ平方メートル。ミカンと水稲を主産物とし、浜松テクノポリス構想の一端を担うテクノランド細江を抱える細江町。昨年はホンダ浜松製作所細江工場稼働の明るいニュースもあったが、年末には浜松富士通ゼネラルの解散も。

 「町政安定のためにも経済基盤の強化には、継続して取り組みたい」。取りざたされる周辺三市六町の合併問題には、「住民の生活をサポートする行政として、どのくらいの規模が適当なのか。議論を尽くす必要がある」と慎重だ。

 ごみ問題では先駆的な取り組みで評価が高い。平成九年に始めた二十六分別に加え、五月からは「緑のリサイクル」として、家庭から出るせん定枝葉などを堆肥として再資源化する試みも開始。「持ち込みは予想以上。町民がみなまじめに受け止めてくれている」

 西高では工学クラブに所属し、仲間でエンジンを解体してみたり、部品を寄せ集めてスクーターやゴーカートを組み立てた。「油臭い高校生活でした」と懐かしむ。

 山形大農学部を卒業し、菊川町の農薬会社で殺菌剤の研究開発を六年間担当。退職後は農業を営み、昭和六十二年から町議、平成五年から収入役を務めた。

 会社で研究開発にあたったころのフィールドワークの経験から、現在も現場主義。「町民の相談も机で聞いているだけではイメージにずれが出る。現場を踏むことが大事」。取り組みは、細江町ホームページの「町長の部屋」に詳しい。

 町長就任で多忙になり、農業からは遠ざかるが、愛着はひとしお。「今でもトマトを作りたいなあ、と思います。人間は自然の恵みで生きるしかないもの。おごってはいけませんね」  他の首長経験者には、疋田一(昭34卒、故人)も。新居町職員から町教育長を経て、平成三年から町長となり、後に姉妹都市となる豪・ジェラルトン市との交流実現などに尽力するが、平成七年十一月、病気で没した。  

(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)

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