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第8章「地域の礎」

視覚障害者の自立支援
「優しい家族ほど、視覚障害者の自立を妨げることがある」と語る斯波千秋さん=浜松市半田町の小規模授産所「ウィズ」
 「そのくらいは自分でできますよ」。浜松市半田町で視覚障害者のための小規模授産所「ウィズ」を運営する斯波千秋(昭43卒、本郷)は、相談に訪れた夫婦をそう諭した。目の見えない夫のために、妻がまんじゅうの包装をむき始めたからだ。四十五歳で失明したその男性は、八年間家にこもりきりだった。

 斯波は「優しい家族ほど、自立を妨げることがある」と指摘する。男性は十カ月の歩行訓練で白杖(はくじょう)を持って歩けるようになり、今は一人でバスにも乗る。

 ウィズの開設は平成八年四月。当時全国には約四千の小規模授産所があったが、視覚障害を対象にした施設はゼロ。母数が約六千に増えた今も、視覚障害者の施設は片手で足りるほどしかない。

 現在ウィズには、十七歳から七十四歳の十六人が、徒歩や公共の交通機関で通ってくる。先天性や病気のための中途失明など、障害を抱える原因も見え方もさまざまだ。心身障害を重ね持つ重複障害者もいる。

 作業は点字名刺や「広報はままつ」の点字版の製作、視覚障害者が使う白杖やリサイクルのハンガー作りなど。「手順をきちんと決め、道具を工夫し、適切な手助けをすれば、たいていのことはできる。定収を得て経済活動に参加してこそ、完全な社会参加と言える」と強調する。

 最近では、国内のネットワーク作りに加え、アジアなど海外からの研修生の受け入れも。重度障害者の外出などをサポートするガイドヘルパーの普及にも力を入れる。水俣病の現状を伝える「水俣浜松展」の開催に尽力するなど、環境に関する取り組みにも熱心だ。

 自動車会社の技術者だった父親は、折り畳み式の白杖を日本で初めて作った人物。斯波は父の興した「盲人福祉研究会」を引き継ぎ、福祉用具の開発・製造も手掛けてきた。

 日本盲人社会福祉施設協議会理事。平成十二年には、視覚障害者支援に功績のあった健常者に与えられるヘレンケラー・サリバン賞を受賞している。今年はアジア太平洋障害者年の最終年に合わせ、十月に大阪で開かれる「ブラインドサミット」の委員を務め、多忙だ。

 七十年安保世代。西高時代は生物部の活動に没頭し、東京農大で造園を学ぶが、次第に学生運動に傾倒した。「ばかになって入れ込んでしまう、という意味では変わっていないかもしれません」と笑う。

(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)

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