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斯波は「優しい家族ほど、自立を妨げることがある」と指摘する。男性は十カ月の歩行訓練で白杖(はくじょう)を持って歩けるようになり、今は一人でバスにも乗る。 ウィズの開設は平成八年四月。当時全国には約四千の小規模授産所があったが、視覚障害を対象にした施設はゼロ。母数が約六千に増えた今も、視覚障害者の施設は片手で足りるほどしかない。 現在ウィズには、十七歳から七十四歳の十六人が、徒歩や公共の交通機関で通ってくる。先天性や病気のための中途失明など、障害を抱える原因も見え方もさまざまだ。心身障害を重ね持つ重複障害者もいる。 作業は点字名刺や「広報はままつ」の点字版の製作、視覚障害者が使う白杖やリサイクルのハンガー作りなど。「手順をきちんと決め、道具を工夫し、適切な手助けをすれば、たいていのことはできる。定収を得て経済活動に参加してこそ、完全な社会参加と言える」と強調する。 最近では、国内のネットワーク作りに加え、アジアなど海外からの研修生の受け入れも。重度障害者の外出などをサポートするガイドヘルパーの普及にも力を入れる。水俣病の現状を伝える「水俣浜松展」の開催に尽力するなど、環境に関する取り組みにも熱心だ。 自動車会社の技術者だった父親は、折り畳み式の白杖を日本で初めて作った人物。斯波は父の興した「盲人福祉研究会」を引き継ぎ、福祉用具の開発・製造も手掛けてきた。 日本盲人社会福祉施設協議会理事。平成十二年には、視覚障害者支援に功績のあった健常者に与えられるヘレンケラー・サリバン賞を受賞している。今年はアジア太平洋障害者年の最終年に合わせ、十月に大阪で開かれる「ブラインドサミット」の委員を務め、多忙だ。 七十年安保世代。西高時代は生物部の活動に没頭し、東京農大で造園を学ぶが、次第に学生運動に傾倒した。「ばかになって入れ込んでしまう、という意味では変わっていないかもしれません」と笑う。
(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)
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