![]() | <93> |
創立六十周年を迎えた昭和五十九年の夏、浜西は弓道部男子のインターハイ制覇に沸く。焼津水産高や焼津中央高、沼津市立高など群雄が割拠し、「全国より厳しい」と言われた県予選を前年に続いて突破、全国の頂点を極めた。 「前年が二年主力のチームだったため、県優勝は当然、というプレッシャーが大きかった」と語るのは主将だった池本浩貴(昭60卒、三方原)。浜西は二年連続出場の池本、小篠雅史(昭60卒、京都府)に加え、鈴木隆俊(昭60卒、東京都)、小楠昇吾(昭60卒、東京都)、水谷吉孝(昭61卒、萩丘)の顔触れで秋田の全国大会に臨む。 運も味方した。準々決勝島根・江津工業高戦。調子を上げてきたものの20射15中程度の浜西に対し、江津は17、18中と絶好調。苦戦が予想されたが相手が突然崩れ、13対11で辛勝する。決勝の埼玉・川越農業高戦でも、それまでミスのなかった相手方の主力が最後の一本を外すハプニングがあり、接戦をものにした。 この年を含め十三年間監督を務めた森田明宏=現磐田南高教頭=は、「運にも恵まれたが、何より厳しい練習と試合経験を積み重ねた結果だと思う」と勝因を語る。一日二百本の矢数をかける強豪もある中、進学校の浜西は平均五十本ほどだったが、「頭を使って射ろ」と繰り返す森田の下で、密度の濃い練習を積んだ。 女子も躍進し、この年は団体戦で東海大会へ。四年後の昭和六十三年には、池谷りさ(平元卒、植松)、新居素子(平2卒、入野)、西岡美菜子(平2卒、東京都)、伊奈見輔子(平成2卒、住吉)、岩崎正子(平元卒、浜北市)らが県大会で優勝、インターハイ初出場を果たす。「二年も含めて選手層が厚く、みな本番に強かった」と池谷。池谷は在学中、国体代表にも選ばれた。この年二年だった西岡も翌年、県選抜メンバーとして国体に出場し、皇后杯獲得に貢献している。 最近では平成七年、聞間知子(平8卒、元魚)が個人戦でインターハイ準決勝に進んだ。 卒業後活躍するOBも多く、秋田知子(昭61卒、旧姓高部、東京都)は平成十三年、東京都の選抜メンバーとして国体に出場し、成年女子遠的で優勝。渥美要一(昭62卒、鴨江)は関西大弓道部主将も務めた。全国優勝を飾り、その後はアスモ弓道部で、選手、監督として全国制覇の結果を残す。
(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)
|
浜松市立高百年 掛中・掛西百年史 榛原高校百年 引佐高の百年 |
沼津東高百年 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年 田方農高の百年 静岡新聞へ |