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第9章「部活動の軌跡」

時間外もこっそり練習
平成4年、男子団体東海大会出場の剣道部
▼剣道部ほか

 剣道は草創期から最も盛んだったスポーツの一つ。初代の剣道場は「振武館」として親しまれ、全員参加の心身修養として、寒げいこなどが盛んに行われた。昭和五年からは競技としての部活動が始まり、戦後は昭和二十九年に活動を再開した。

 近年では平成四年からの活躍が目立つ。男子団体で主将村松弘敏(平5卒、湖西市)らが奮闘、前年度の優勝校磐田南高を破りインターハイ県西部大会を制覇。県大会ベスト4で東海大会へ駒を進めた。翌年も西部地区を三位で通過、県大会でベスト4に進出し、二年連続で東海大会出場を果たした。

 平成六年には、個人戦で太田昌孝(平7卒、岡崎市)が気を吐き、県大会で三位に入賞。東海大会に出場している。

 平成元年から十二年顧問を務めた鈴木文章(昭34卒、三新)は、このころの様子を「身体能力の高い生徒が集まり、非常に練習熱心。部活動一辺倒にならないよう決められた練習時間があったが、わたしが帰ったのを確認してこっそり練習していたようだ」と振り返る。

 今年一月の新人戦では女子も躍進し、主将和田明華(現三年)、大将和田加奈子(同)を中心に団体県三位に入賞した。

 卒業生から贈られ、剣道場に掲げられた校訓の象徴「知・仁・勇」を染め抜いた部旗は、剣道部の心。顧問の邑田聡一は「技術的なことと同様、人としてきちんと振る舞えることを大事にしている」と語る。

 現OB会長の鈴木秀治(昭32卒、泉)は、市剣道連盟理事を務める

。  部活動としてではないが、学外でさまざまなスポーツに取り組み、全国レベルで活躍した選手もいた。スケートのショートトラック競技で鳴らした滝口佳昭(平3卒、静岡市)は、平成二年の冬季岩手国体に出場し、少年男子五百メートルで五位入賞、暖国・静岡の選手団を盛り上げる。卒業後は日大に進み、平成三年の札幌ユニバーシアードで日本代表として九位の健闘を見せた。

 国体にはほかに、昭和三十六年に伊熊勇夫(昭39卒、領家)が自転車競技、昭和三十七年に鈴木勝美(昭37卒、篠原)がボクシング競技、昭和五十一年に内山正吾(昭52卒、頭陀寺)が馬術の障害飛越でそれぞれ出場。伊熊、鈴木は国体県選手団の監督を務め、指導者として後進の育成に貢献する。

(文中敬称略、題字は古橋広之進さん=昭和20年卒=)
(火―木曜日に掲載します)

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