(2004年4月7日掲載)
 栄光の選抜甲子園初優勝 (昭和53年)
全員野球が結実、歓喜の輪

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 「やりました!浜松商業、甲子園初優勝」―。  昭和五十三年四月五日、第五十回全国選抜高校野球大会決勝。この大会で東北(宮城)や早稲田実業(東京)といった強豪校を破竹の勢いで破った浜商野球部は決勝でも福井商を2―0で退け、本県高校球史に燦(さん)然と輝く金字塔を打ち立てた。

 「実に春らしい穏やかな日だった」。二年生でマウンドに立った左腕・樽井徹(昭55卒)は当時を鮮明に覚えている。スタンドは五万を超える大観衆。特に、そこから押し寄せる「うねりのようなもの」は忘れられない。「終盤はストライクでもボールでも、とにかく一つの判定に球場が揺れた」。結果的に五試合で三完封の快投を演じた樽井はバックの先輩たちに守られながら、伸び伸びと捕手のミット目掛けてボールを投げ続けた。

本県高校球史に輝く昭和53年の選抜甲子園優勝(同部記念誌「闘魂」より)
 迎えた九回裏二死の局面。投じた変化球。打球が一塁線に飛んだ。ボールはベース前で大きく跳ねたが、一塁手小沢宙通(昭54卒)がジャンプして好捕、そのままベースへ。一瞬の静寂の後、爆発的な歓声が球場を包んだ。

 樽井の女房役大塚佳典(同)、この日一打点の山下修平(同)、三安打放った鈴木保彦(同)、リリーフとしても活躍した二塁手青野務(同)…。マウンド付近でナインが次々と歓喜の輪に加わった。ベンチを飛び出した中には、樽井と同期で現監督の山田忠(昭55卒)の姿もあった。日ごろ厳しい表情を崩さなかった監督磯部修三は人目をはばからず男泣き。主将森下知幸(昭54卒)は、表彰式で抱いた紫紺の大優勝旗が涙でにじんだ。

 浜松に戻ると、ナインの快挙に市民が沸きに沸いていた。がい旋パレード。沿道では二十万人が勝利に酔った。樽井は「夢を見ているようだった。その後も続いた野球人生で、あの時が最高の時間」と懐かしむ。

 栄光の選抜優勝は、本県代表では昭和二十五年の韮山、同二十七年の静岡商に次いで三校目。“全員野球”を結実させ、頂点に立った浜商が新たに県民の誇りとして輝いた瞬間だった。

(文中敬称略)

(水曜日に掲載。題字は沼倉昇校長)