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 “KKコンビ”と対戦したナイン |
「甲子園史上最強と思うチームは」―。
そう聞かれて、PL学園(大阪)と答えない人はまずいない。これまで多くのテレビや雑誌が特集を組み、アンケート調査が実証してきた。希代の甲子園スター桑田真澄、清原和博が在籍した三年間、「史上最も強く、史上最も甲子園を沸かせたチーム」だ。
浜商は昭和六十年春、その“KKコンビ”が率いるPLと甲子園初戦で対戦している。
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マウンドに集まるナイン。ピンチにも表情はさわやかだ |
組み合わせが決まった瞬間、「うわぁ」という声とともに、全員が顔を見合わせた。PLは二人が入学してからの三季で優勝、準優勝、準優勝という驚異的な成績を収めていた。鈴木広達(昭61卒)は「PLとはやりたかったが、別の所に一度くらい勝ってから、というのが本音」と正直だ。
桑田の印象は「打てない投手じゃない」。初回、先頭の中嶋進(同)がいきなり中前打を放った。だが、投球術が“超高校級”たるゆえん。桑田はつめを痛めるアクシデントに見舞われていたが、要所を締める制球力は抜群。「速い」「重い」わけではないが、見たことのない「頭の切れる」ピッチャーだった。
一方、打席に入った清原は、何かやりそうな雰囲気を感じさせた。主戦浜崎淳(同)は序盤にスライダーで見逃し三振に切って取ったが、次打席でそのスライダーを右翼席へ持って行かれた。期待を裏切らない清原の天性のスター性は、当時から発揮されていた。
1―11。浜商は終盤に突き放され、大敗した。ただ、安打は十一を記録。猛打賞の中嶋、主将間宮健次と加藤幹夫(いずれも同)は二安打。終盤には清原を登板させる“おまけ”も付いた。
大会はPLが初めて決勝進出を逃しベスト4。夏は見事に優勝して桑田らは有終の美を飾り、高校野球から巣立った。
あれから十九年。超高校級だった二人は超一流の野球人として今なお、日本球界の中心で輝きを放ち続けている。現在では野球を離れた浜商の面々も、彼らの活躍には心躍る。そして、決まってこう奮い立つ。「自分も負けていられない」。時間を超えフィールドを越え、あの一戦がナインの原点だ。
(文中敬称略)
(水曜日に掲載。題字は沼倉昇校長)
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