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「冬場に大根の抜き取り作業をすると、畑には抜いた分だけくっきりと跡が残る。工場のラインでは得られないこと」。学校農園での作業実習は貴重な財産となった。 卒業生の中には研究者として貢献した人物も多い。加藤昭三(43回)は県柑橘試験場三ケ日分場長を務めた。豊田武司(50回)は国立林業試験場で植物の分類などを行い、小笠原植物図譜を記した。 平成五年から平成十一年まで浜松市フラワーパーク園長を務めた船越桂市(67)=50回、細江町中川=は「新しい物への挑戦は人生の中で必要」と研究者の道を選んだ。農水省九州農業試験場で約一年半にわたりサツキの品種改良などを手掛けた後、昭和三十二年から県農業試験場で花木とキクの栽培を研究した。 鈴木守(75)=40回、袋井市高尾=は県庁で第一号の獣医学博士号を取得した。東京獣医畜産専門学校(現・日本大学獣医学部)に進学し、昭和二十年に県に奉職。 「まだ若く確たる信念はなかったが、だれもが兵隊に行く時代、軍馬の医師になろうという考えがあったのかもしれない」と高校時代を思い起こす。 県職員時代は畜産行政や家畜衛生、試験研究などに携わった。昭和二十五年ごろ、牛の流行性感冒が大流行したときには農家の間を奔走した。 五年前からNPO団体の技術員として中国の農村で畜産指導に取り組む。「農民との接触が自分の一生。今になって幸せだったと思う」。引佐高から一貫して歩んできた農業の道を振り返った。
(文中敬称略)
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掛中・掛西百年史 榛原高100年史 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年 |