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引佐町では前島幸雄=26回、故人=が昭和四十二年から一期、柴田信夫=37回、故人=が昭和五十年から四期、町長を務めた。現助役の八幡和夫(66)=50回、引佐町横尾=は柴田について「“教育町長”と言われたほど教育行政に熱心だった」と語る。 細江町は気賀町長から合併後の初代町長を務めた杉浦卓朗=26回、故人=をはじめ、早戸新一=32回、故人=、杉山辰雄=43回、故人=が町長になった。早戸は昭和四十三年から連続六期務め、県町村長会などの要職も歴任した。学生時代の早戸は、肩から掛けるカバンのひもを尻の下辺りまで伸ばし、学帽の徽章を折り曲げ、硬派のリーダーの風格を漂わせていた。現収入役の高山博次(56)=60回、細江町中川=は「企業誘致に積極的に取り組むなど先見の明があった。細江町の基盤を作った」と功績を讃える。後を継いだ杉山は二期目途中で病に倒れた。 学校建設費に充てるため、一束ずつ米を町民から集めるなどアイデア町長として知られた杉浦は町長を退いた後も、農協組合長や県議会議員などの要職に就いた。
(文中敬称略)
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掛中・掛西百年史 榛原高100年史 富士宮農高百年 御殿場高 躍進の百年 |