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5章 各界で活躍する卒業生(9)

文化界

町内に息づく書の心

カットは中井史朗の「純一無雑」
 元東京芸大講師で素心社を主宰する書家、中井史朗さん(85)=30回、宇都宮市旭町=は、井上円了賞、毎日書道展準大賞などの受賞歴を持つ。母校や引佐町役場にも作品がある。

 引佐町井伊谷の出身。伊目小などで代用教員をしながら借家でひとり、真夜中まで書を独学。東洋大卒後、宇都宮市へ。

 いまでも年に何回か、門下生を指導するため静岡県内を訪れるなど、かくしゃく。母校の後輩に、と揮毫(きごう)を所望すると「純一無雑」と。その心を「初心の純粋さを忘れずに」。

 同じ書家の安間三城(本名・長、大正八―平成十年)=34回、引佐町三岳出身=は、気賀高教諭、引佐町教育委員を務めた。

 崩れそうでいて崩れない、独特の行草体に独自の境地を開き、町内の公園や橋に数多くの作品が残る。母校の校名門標が絶筆になった。

 野沢勝(75)=40回、引佐町白岩=は県指定無形民俗文化財「横尾歌舞伎」の保存会会長で町の文化協会会長。

 卒業後、農業をするつもりがサラリーマンに。地元の仕事から遠のいたことの穴埋めに、退社後、自治会長、町議会議員などを務めた。「体が丈夫で、姿勢の良いのは農学校で三年間、剣道を続けたおかげ」という。

 岡田力三(69)=48回、細江町気賀=は彫刻の創型会同人。高校の時から絵を描くのが好きだった。静岡大教育学部を卒業後、引佐郡内で三十五年間、美術教師を続けた。

 二年前に絵画と陶工芸の作品を集めた「RO美術館」を、自宅の敷地内に開設した。「地道に描き続ける根気は高校で身に付けた」。

 同人誌「荒土(あれつち)」の発行人増田一郎(65)=53回、農業科5回定時制、浜松市新都田二丁目=は自宅を離れ、創立者伊東家に寄宿。農業を手伝いながら夜間勉強した。

 寂しさをまぎらすため手作りの文集「花蕾(つぼみ)」を発行したことが、いつかきっと同人誌を出したいという願望をはぐくんだ。

(文中敬称略)
 

掛中・掛西百年史 榛原高100年史 富士宮農高百年  御殿場高 躍進の百年

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