<50>完

終章 過去、現在、未来へ

体験する大切さ伝える


引佐高への思いを語り合う(右から)樽井、河澄、本間、大石の4人=同校
 明治三十五年に「地域の農学校」としてスタートしてから、戦後の学制改革を経て農工併設校になり、時代が求める産業技術科へと昇華し、現在に至った県立引佐高。今年創立百周年を迎える同校に、同窓会長の樽井参思郎(75)と校長の大石収(52)、生徒会長の河澄将慶(17)、会計長の本間優子(18)が集まった。引佐高の過去、現在、未来を見据える四人に、学校への思いを聞いた。

 ―引佐高の変遷の歴史の中で変わらなかったものはありますか。

 樽井 「地域の学校」という位置付けは変わらなかった。地域の人材育成という建学の精神は連綿と続き、卒業生はこの県西部地域のリーダーとして地元に根付いています。それに校訓の「質実剛健・勤労愛好」の精神も変わらない。体験を重視した教育が百年たった今も生きています。

 ―歴史を基にして、学校は今、どういう歩みを始めたのでしょうか。

 大石 百年の歴史が培った産業技術教育の良い点をベースにして、今後はこれまで以上に選択科目を増やし、分野間の交流を進める方針です。また、体験重視という従来の教育方針に従い、今年から思い切って修学旅行を海外にしました。高校生のうちから国際社会を肌で感じてとってもらいたいと思いました。

 ―引佐高を通過していく二人は、どんな社会人になりたいですか。

 河澄 入学した時は自動車の整備工になりたかった。しかし、この学校でいろんな分野を体験し、卒業生の進路も聞き、今は競艇の選手になりたいと思っています。

 本間 卒業したら事務系の仕事に就きたくて、高校で簿記などの資格を取りました。農業とは関係ないけど、農業はこの学校でやらなければ一生体験することはなかったはず。私はそれだけで十分、勉強した意味があると思っています。

 四人は同窓生、教師、在校生として同校百年の節目に偶然、居合わせた。十一月にはそろって百周年の記念式典に出席し、同校の歴史の一角を形づくる。樽井は最後に、引佐高を一つの通過点として社会に出ていく河澄と本間に、「今の時代、夢や目標を持てるのは幸せなことだ」と伝えた。そして、「夢はかなうかもしれないし、挫折するかもしれないが、体験から学ぶことを知っている君たちなら負けないと思う」と激励した。

(文中敬称略)
 

掛中・掛西百年史 榛原高100年史 富士宮農高百年  御殿場高 躍進の百年

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