| (2003年7月19日掲載) |
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| 第3章「学校活動」体操部(3) |
杉山三重さん(全日本優勝、主将=昭27卒) いつもの通りでいい、自信満々、堂々と戦って下さい―。昭和二十六年の全日本体操競技選手権大会に出場する体操部のメンバーは、出産で同行できなかった顧問の村上さだに静岡駅で見送られた。そのとき、小さく結んだ手紙が菓子の入った缶に包んで手渡された。「試合の前に声を出してかみしめながら読んだ。先生がいらっしゃらないので皆の気持ちが一緒になって、さらに頑張ろうという気持ちになった」 二十一年に県立静岡高女に進学し、音楽体操クラブに入部した。「文化祭や体育祭では模範演技をするなど、体操部は花形だった。先輩の素晴らしいダンスにあこがれて入部したんです。華やかでした」 練習は古い体育館で毎日、放課後から日没後まで続いた。「村上先生は優しかったけど、練習は厳しかった。下級生だったときは先輩にもよく怒られた」。帰り道にラーメンを食べて空腹を癒やしたり、学校周辺に売りに来るアイスキャンデーを買ったりもした。 二十六年の県大会、東海体操選手権大会で優勝し、八月の全日本大会の団体徒手に出場した。身長一五三センチと小柄だが、主将として積極性と優しい思いやりでメンバーを支えた。「六年間、体操に取り組んでいたので強かった。チームワークも良かったですよ」 規定演技を高得点で終え、自由演技は村上が合唱曲「川」をアレンジしたテーマ曲「流れ」で挑んだ。「先輩方が築いたものを汚してはいけないという思いもあった」。軽やかに弾んで流れるような川の流れを表現した独創的な創作ダンスを披露した。 一糸乱れぬ創造性あふれる演技が高く評価された。六人のメンバーは肩を抱き合い、全国制覇の喜びを爆発させた。「試合の時はただ夢中でよく覚えていない。優勝できるとは思わなかったけど、村上先生の言葉が支えになった。一生懸命にやって、六人が心を一つにした成果が出た」 平成七年から同窓会「芙蓉会」で事務局を務め、現在は百周年記念式典の準備に向けて忙しい日々を送る。小学生時代からの「ひらべっちゃん」の愛称で今も親しまれる。底抜けに明るく元気はつらつなところは今も変わらない。 「体操をやっていなければ、こういう縁はなかったでしょう。何よりも城北が好きなんですね。今でも伝統は子供たちに息づいていますよ」 (文中敬称略)
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| ―土、日曜日に掲載します― |