| (2003年9月7日掲載) |
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| 第4章「想い出」 |
鈴木涼子さん(シンクロJr.五輪優勝=平13卒) 「清水みなとかっぽれ」のリズムに乗って、観衆を魅了した平成十二年の「全国JOCジュニアオリンピックカップ夏季水泳競技大会」のシンクロナイズドスイミングデュエット。鈴木涼子(平13卒)は中学三年からのパートナー、宮城島美緒(常葉橘高―富士常葉大)とペアを組み、高校三年の夏、見事日本一に輝いた。ダイナミックな演技構成と細やかな技術が魅力の一六六センチ台の大型デュエット。「前の年が二位だったので、この年は優勝を狙っていた。最後にやっととれた感じで、うれしかった。高校時代の一番の思い出です」 母親の勧めで、小学二年生から始めたシンクロ。「最初はシンクロと言うよりも、リズム水泳みたいだった」。中学二年の時、中森シンクロクラブに移籍。中森基明コーチの指導を受けながら、放課後や土、日を練習に充てて、静岡市西ケ谷の県立水泳場などで取り組んだ。「一つのことに目標を持って、中学生や高校生など年齢に関係なく取り組めたことが私にとって大きかった」 高校一年の十年九月。神奈川国体はデュエット九位と、惜しくも入賞を逃した。「悔しかった。国体で絶対、入賞したい」と臨んだ翌年の熊本国体は四位。「相方の方が全然レベルが上で表現力もうまかった。いつも、引っ張っていってもらった感じがあった。私が必死に付いていこうとした結果が、自分の技術を高めたと思う」。同年の「全国JOCジュニアオリンピックカップ夏季水泳競技大会」では、準優勝に輝いた。 十二年九月の富山国体。前に富士山、背中に駿河湾の波をデザインした水着を着用して臨んだ。テクニカルルーティンとフリールーティンと合わせて総合二位となり、同種目県勢としては初の表彰台に上った。 「最初の足技がそろっていれば、優勝も狙えたかもしれなかった。それだけに悔しい一戦でした。国体は県の代表として出場していたので、静岡県の人たちみんなが応援してくれた。心強かったですよ」 大学は宮城島と同じ富士常葉大を選んだ。しかし、右肩の故障で大学二年の十四年春、日本選手権が最後の大会になった。現役を退いて一年ほどが過ぎた。 「辞めたから、『楽しかった』と言えるのかもしれない。練習はつらくて大変でしたけど、試合という緊張感の中で泳ぐことが楽しかった。部活みたいで、本当に一生懸命に打ち込めるものでした」
(文中敬称略)
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