| (2003年10月5日掲載) |
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| 第4章「想い出」 |
石埜敬子さん(筑波大教授=昭34卒) 昭和五十年に跡見学園短期大学講師に招かれ、その後、助教授、教授を歴任。平成九年四月に筑波大の文芸・言語学系教授に就任した石埜敬子(昭34卒、現姓井坂)。「自分が好きな研究は楽しいですよ。年をとっても、この仕事は退屈しませんね」。専門は日本中古女流文学で、平安中期以降の物語文学や「御堂関白記」の研究などに取り組む。 卒業生だった姉の影響で、静岡城北高に進学。三年間、演劇部に所属し、主に演出など裏方を担当した。「舞台に立つより、みんなでワイワイと一緒に衣装や小道具を作っている方が楽しかったのでしょう。女子校ならではの雰囲気がありました」。文化祭や三年生を送る餞別(せんべつ)会での公演に向けて、夏休みや放課後はほぼ毎日練習漬け。帰宅時間は午後十時を回ることも、しばしばあった。 高校の授業で理科のカエルの解剖が一番印象に残る。当時、学校周辺が田んぼだったこともあり、カエルは現地調達。「麻酔薬をかがせて解剖するんです。今まで経験してきた中でも、あの実験は強烈でしたよ。授業や学校生活は伸び伸びとやっていた気がします」 卒業後の進路は、「城北に教育大の先生が多かった」ため、昭和三十六年に東京教育大(現筑波大)文学部文学科に入学した。そこで、明治大教授や十文字学園女子大学長などを務めた当時担任だった鈴木一雄と出会い、日本の中古文学に引き込まれた。鈴木は平安文学の研究では第一人者で、「鈴木先生は素晴らしい研究者であると同時に優れた教育者でした。亡くなった今でも研究会を開いています。先生を慕う教え子たちが百人を超えるほど集まるので、ちょっとした学会になっていますね」。「源氏物語の鑑賞と基礎知識」の解釈本などを一緒に手掛けた。 現在は学生を教える傍ら、「狭衣物語」「夜の寝覚」などの女流日記や女流物語関係に注釈を付ける仕事に携わる。「文法だけでなく一つの言葉から時代的背景を考え、本当に筆者が伝えたいことを読み取るには時間が掛かります。世界的に見ても、この時期、日本の文学ほど内面に入り込んだ作品はないでしょう。源氏物語はその後の日本文学に絶大な影響を及ぼしていますね」。注釈や読解を通じて、作品の特質を究明する。 「若いときは何でもいいので一生懸命取り組んでほしいですね。チャンスと巡り合う時期に、選択できるかが重要。そこで、どちらを選ぶかは今まで生きてきた人生をかけて選んでほしい」 (文中敬称略)
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| ―土、日曜日に掲載します― |