| (2003年10月12日掲載) |
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| 第4章「想い出」 |
岡本美枝さん(産婦人科医=昭28卒) 「患者さんのために一生を尽くした父の姿を、子供のころからいつも見て育ちました。寝食を忘れて、あんなに夢中になって打ち込む父は素晴らしかった。『人の命は大事にしなければならない』ことを自然にたたき込まれた感じがします。私も何か、一生やっていく仕事に就きたかった」 平成八年に開業したおかもとレディースクリニックの院長で医学博士の岡本美枝(昭28卒)。静岡済生会総合病院を創立した父岡本一男の後を追い、産婦人科の医者としての道を歩む。 昭和二十九年の二年生から静岡城北高へ転校した。小川順子の英語の授業は、「いつも授業は脱線して、夫や子供の話をしていました。それでも、女性として家庭を持ちながら仕事に就くことを垣間見ることができました。のんびりと過ごした二年間でしたね」 高校卒業後、静岡大文理学部の理科医学部進学コースへ進み、三十年から東京女子医大で学んだ。久保田くらからは解剖学を学び、「『いつでも勉強できるように』と人体模型を並べた一室に石炭を炊いて、夜中でも実習ができるように用意してくれました。基礎的なことから専門的なことまで教わりましたね」 一年間、静岡日赤病院で研修生を経験。三十五年、静岡済生会総合病院の産婦人科に入局し、五十七年、産婦人科医長に就任した。病気で産婦人科の手術も二回受けた。「赤ちゃんが産まれるというおめでたいことを見ながら、医療に接する仕事に就きたかった。女性だから女の人の気持ちも分かります。自分の経験を通して、より深く患者さんをお世話できます」 とり上げた多くの赤ちゃんの中に秋篠宮妃紀子さまもいた。「紀子さまの場合はマスコミにも取り上げられていたので、今まで送ってこられた人生や今こういう人生をお過ごしになっていられることが、すべて分かる状態で感動しましたね」 高校時代、友達と一緒に御殿場の大乗寺での合宿に参加。そのとき『足元のことを一生懸命打ち込むべき』とつづった仏教歌「ときはいま」が今でも口を突く。くじけそうな時、行き詰まった時、つらい時…。夏休みの思い出とともによみがえり、人生を支えた。 「この歌は私の力になっています。コツコツ取り組むことによって自分の一生を有意義に過ごすことができます。『前向きに次のことをやらせていただく』という気持ちで挑戦することによって、自分の世界が広がっていくと思います」 (文中敬称略)
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| ―土、日曜日に掲載します― |