(2003年11月2日掲載)
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 第4章「想い出」
伝統の重み感じて指導
 戸本隆雄氏(20代校長)

戸本隆雄 20代校長

 百年の歴史の中で、二十五人の校長が教育指導や学校運営に尽力してきた。

 二十代戸本隆雄校長=現焼津市長=は、東京教育大(現筑波大)卒業後の昭和三十一年に県立高校の保健体育教諭に。静岡工業高教頭、県教委体育保健課長などを経て、平成二年に就任した。「県立静岡高女から続く伝統の女子校。伝統をけがさないよう『静岡城北高の選手たれ』とよく声を掛けました」  赴任前の元年から新校舎の建設工事が進められていた。卒業を控えた三年生に配慮し、完成前の二年十二月に新校舎へ移った。「生徒が机といすを持って、大移動。それは壮観でした」

 二年から県高体連会長。県内各地で繰り広げられた「平3総体」に関わり、県選手団長を務めた。「生徒も頑張ってくれて私も全力投球できました」。

 体育祭の名物として親しまれている城北高の伝統的な「変形行進」も話題となり、「卒業生から『在学当時のことを思い出しました。続けてくれてありがとう』というメッセージも寄せられ、感激しました」。

 昭和三十六年創立以来、三十二年間にわたる通信制課程は在任中の五年三月に最後の卒業生を送り出し、歴史を閉じた。「今の生徒たちにはいい意味でのプライドを持ってほしい」。エールに限りない愛情を込める。

 織田元泰氏(21代校長)
織田元泰 21代校長

 八年三月まで務めた二十一代織田元泰校長=現静岡市教育長=は県史編さん室長、県教委総務課長を経て五年に就任。十三年間、教育現場を離れた後の異動で、「久しぶりに生徒の生の声が聞けた。現場を離れていたせいか新鮮でした」

 五年六月に創立九十周年式典が催され、翌年から卒業生を迎えた「撫子講演会」も開かれた。「歴史と伝統の力だと思いますが、生徒は三年間で磨かれ、成長著しかった。九十年の重みと県立高女のプライドが生徒を育てていました。先輩から後輩へ確実に伝わっていったんでしょう」。教師も校風や伝統を理解し、生徒の生活指導に当たったと振り返る。「女性だけの世界なので、生徒にいい意味でたくましさがありました。どういう内面を持った生徒を高校生活三年間で送り出すか。城北はしっかり機能を果たしていました」。校内の生徒会活動や部活動でも意欲的に取り組む生徒の姿が今でも目に浮かぶ。

 五年から校庭の大改修に着手。静岡空襲の被害を逃れ、唯一存続してきた体育館も建て替えられ現在の校舎の姿が整った。「百周年を機に、伝統を生かしつつ新しい高校の姿を打ち出してほしいですね」

           

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 二人のほか、十四代龍崎芳郎、十六代三浦孝一、二十二代中田寿、二十三代小沢恵右校長らが学校発展に力を注いだ。

(文中敬称略)
―土、日曜日に掲載します―


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