| (2003年11月8日掲載) |
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| 第5章「未来へ」 同窓会(1) |
北村のり子さん 4代目会長=昭11卒 昭和五十六年から平成五年までの間、同窓会「芙蓉会」四代目会長を務めた北村のり子(昭11卒、旧姓仁科)。「健康だったから長く続けることができました。周りの人が支えてくれたことも大きかったですね」。昭和三十八年から続く芙蓉会チャリティーダンスパーティーの開催、創立八十周年の記念誌作りや念願の同窓会館「撫子館」の建設にも力を注いだ。 おばが一回生で、母や親せきも県立静岡高女の卒業生。入学当初は良妻賢母を掲げた教育方針に沿って、礼儀作法の指導が重んじられていた。授業科目に「裁縫」があり、「二時間通しで授業を受けました。浴衣の早縫いテストもあって、苦労しましたよ。円満な家庭婦人になるための勉強でした」。 校内に設けられた作法室で畳の歩き方、食事やお辞儀の仕方などを徹底的にたたき込まれた。「細かい作法まで教わりましたよ。品のいい女性になるための精神を学びました。今でも忘れていません」。先生や先輩と廊下で擦れ違った時は、一度立ち止まっての一礼が“義務”付けられていた。「教室で大声を出していて、後で先生に怒られましたよ。先生方は誠実で真面目で立派でしたね」 昭和三十八年、数年前からダンスに携わっていたこともあり、二代目同窓会長青島いく(大11卒、旧姓杉原)からダンスパーティーについて相談された。今ではダンス愛好家も増えたが、当初は世間から冷たい視線を浴びた。「嫌な目にもたくさん遭いましたが、いつの時代でも品のあるパーティーだけは心掛けていました」。会員の交流に一役買ったほか、福祉団体や慈善事業への寄付活動も行った。「非常に寂しいですが時代の流れですかね」。チャリティーダンスパーティーは今年四十周年を迎えるが、十一月二十五日その歴史に幕を閉じる。 五十八年の創立八十周年式典は会長として出席。「手作りで素晴らしい行事を」と、卒業生約五十人が一年間、幼稚園や公民館などでコーラスを練習。本番で「青きドナウ」「流浪の民」を大合唱し、盛大な喝さいを浴びた。学校や生徒たちと協力して文化祭でバザーを開き、売上金を福祉団体などに寄付した。 「城北の生徒には歴史のある立派な先輩の意思『城北魂』を引き継いで守ってもらいたい。国際社会を大いに視野に入れて、世界で活躍するように育ってほしいですね」 (文中敬称略)
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