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掛中・掛西高は質実剛健な校風の下、優秀な警察官を多数輩出している。戦前組としては静岡中央署長を務めた森下善平(大11卒)や清水署長など歴任後、浜松市消防長を務めた町野英三郎(昭11卒)らがいる。 「掛川の特産物は巡査と学校の先生」というのは山崎淑郎(昭17卒)。終戦直後に警察入りした山崎は、主に公安、刑事畑を歩み、磐田署長、県警察学校長などを歴任。現在は浜松市の同窓会組織「浜松冀北会」の会長を務める。他地区に先駆けて意欲的な取り組みを展開し、独自で立ち上げたインターネットのホームページも好評だ。 昭和三十年卒業組の村松レイ次は沼津署長、落合隆司は警務部参事官、杉山雄一は焼津署長などを務め、県警幹部として一時代を築いた。また、たたき上げの敏腕刑事として知られたのは、三十二年卒の黒田勇や川久保五朗、松浦照佳ら。知能犯罪の捜査で鳴らした大石隆司(昭34卒)など、掛西卒業生は地道な捜査をいとわず、捜査のプロに徹した人材が多い。
「高校時代柔道一直線だった」という黒田の柔道部の一期後輩、岩本忍(昭33卒)は県警の柔道代表選手を務めた。岩本をはじめ署長経験者は新川洋明(昭32卒)、寺田嘉治(昭34卒)、春田明男(同)ら。春田は静岡中央署長、静岡南署長などを歴任、生活安全部長時代には、県警史上最多の覚せい剤十三キロを押収した。 現職では運転者教育課長の鈴木紀義(同)、装備課長の田村征二(昭36卒)、運転免許課長の谷野真一(同)らがいる。沼津署長の萩原正巳(昭37卒)は在校当時、書道部に所属。日中親善書道展で特選に入賞するなど当時から達筆ぶりを発揮した。現在でも署が発行する表彰状などは全部自筆だという。高校卒業時を、「進路について初めて父親と衝突した。よくあのとき決断したと思う。天職に巡り合えたことをありがたく感じている」と振り返る。 萩原に続く世代としては、警務部参事官兼警務課長の森下克弘(昭39卒)ら。森下は昭和天皇の大喪の礼では関東管区機動隊の大隊長、オウム事件が発覚した平成七―九年には、本部警備課長を務めるなど、常に時局と隣り合わせの事案にかかわってきた。県警本部の筆頭課長として「警察刷新会議の提言をいかに実現するか、組織の見直しを図りたい」と話している。 【注】カッコ内の「卒」は卒業年。文中、敬称略 |
榛原高校100年 御殿場高 躍進の百年 静岡新聞へ |