<39>

 第3部 卒業生 (9)

実 業 界(1)

 旧制掛川中、掛川西高から育った企業人、経済人では、世界を舞台に活躍している人材が目立つ。今年八月に掛川市内で開かれた創立百年記念同窓会で講演した日本リーバ社長の赤岩覚(昭33卒)もその一人だ。

kakegawa
赤岩 覚氏
 外資系の会社に約三十五年間勤めている経験から、日本の企業との違いに触れ、「出る杭(くい)は打たれるというが、英国では杭は出なければ会社内で生きていけない」と人材育成に関して独特の表現をした。「管理職の役割は出る杭を引き上げること。若手に最初から激しい競争をさせ、急速に頭でっかちにさせる。後は下半身を自分で大きくさせるよう放り出す。自分で習うことが大事だ」と話し、会場を埋めた卒業生たちをうならせた。

 掛川西高が発刊している先輩から後輩へのメッセージ「鍛えよう若き日を」という小冊子の九六年号に、経済界の要人が寄稿している。

 日本油脂相談役で東京冀北会の前会長、岡本甲子男(昭17卒)は核兵器問題や核抑止力などに触れ、「日米関係は経済的にも日本が生きていくうえで最も大切な間柄だが、将来、本当に日本の国土・平和・生命・財産を守るのは日本人自身」と若者の自覚を促している。

kakegawa
中山 司朗氏

世界に雄飛、国際人を輩出

 ジャスコ会長の常盤敏時(昭33卒)は、第一勧業銀行ニューヨーク支店長時代に、幕末から明治中期にかけてラトガース大に約三百人の日本人留学生が学んだ事実を紹介。「彼らの英文日記は新しいことに対する、驚くほど大きな好奇心と新鮮な熱意に満ち満ちている」と書き、「彼ら明治時代の若者たちの信じがたい熱意が純度が高いだけに、人々を感動させ、世の中を動かし、今日のわが国の基礎を作ったのであろう」と感嘆している。

 掛西同窓会の関西支部長で、元トーメン建材リース販売社長の杉山寧(昭20卒)は最新の同窓会報で、「掛川から一番遠い関西支部の楽しみは、甲子園に母校の野球チームと大勢の応援の皆さんをお迎えすること。数年前に当支部で新調した大応援旗は最近、ほこりをかぶって眠ったまま。そろそろ甲子園の浜風に当ててやらないとかびが生えるのではないかと心配している」と母校野球部に期待する。

 野球といえば元朝日新聞東京本社運動部長で、現在は日本プロフェッショナル野球組織コミッショナー事務局でアマチュア担当をしている中山司朗(昭28卒)は野球界で存在感ある仕事を続けている。九月の掛中掛西同窓会掛川支部の総会で講演。「左足が義足という今の生活を支えているのは子供のころ、農家の庭先で始めた三角ベースのおかげ。野球でやせ我慢の精神と協調の心を養った」と述懐した。

 【注】カッコ内の「卒」は卒業年。文中、敬称略。


榛原高校100年 御殿場高 躍進の百年  静岡新聞へ