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 第3部 卒業生 (12)

法 曹 界

 法曹界には県内外を問わず活躍の同窓生がいる。県内法曹界の重鎮として各界から厚い人望を集めたのは戸塚敬造(大10卒)。旧制掛川中学時代は野球部の名遊撃手として知られた。台湾総督府高等法院などの判官職を経て、終戦後は静岡地裁の判事を務めた。判事退官後は弁護士として活動し、昭和三十八年から五十七年まで約十九年にわたって県地方労働委員会会長を歴任。労使紛争の解決に向け、県内各地を奔走した。

 浜松を拠点に弁護士活動をしている岩本充司(昭36卒)は、平成十一年度の県弁護士会会長。民事事件を精力的にこなし、豊田商事や浜松市海老塚の暴力団をめぐる紛争解決を手掛けた。岩本と同級生で同じ森町出身、掛西時代はともに二俣線で通学したという沢口嘉代子(昭36卒)は、県内女性弁護士のパイオニア。中央大法学部在学中に司法試験に合格し、東京で四年間の弁護士活動を経て、昭和四十六年に県内初の女性弁護士として開業した。「幼いころから正義感が強く、高校時代に法律家になろうと決心した」という。離婚や相続など家族問題をはじめ民事全般に明るい。

社会正義実現へまい進

 ほかにも日弁連の民暴対策委員会副会長を務めた杉田雅彦(昭34卒)や、同じく静岡を拠点に弁護士活動を展開する岡本義弘(昭44卒)らがいる。県外では、ココ山岡の破産管財人を務める長谷川正之(昭30卒)をはじめ、太田宗男(昭41卒)、鈴木正具(昭42卒)らが東京で活躍中だ。

 裁判官としては、昭和三十四年(一九五九年)に東京地裁で「砂川事件」の判決を下した伊達秋雄(大15卒)の名が知られる。六〇年安保改定を控えて、「米軍駐留は戦力保持を禁じた憲法九条に違反する」とした「伊達判決」は大きな反響を呼んだ。

 検察畑はどうか。戦前から戦後にかけては最高検察庁検事を歴任した玉沢光三郎(大14卒)が名を残す。そして今をときめく掛西OBといったら松浦恂(昭32卒)だろう。公安検察をひた走り、横浜地方検察庁検事正、仙台高等検察庁検事長と重責ポストを歩み、平成十一年十二月に最高検察庁次席検事に就任した。高校時代は郷土研究部に所属し、考古学にのめり込んであちこち飛び回る日々だったという。「ここ数年、地方勤務が多く、同窓生の集まりに遠のいているが、年に一、二回東京で催す同級生の集まりは楽しみだった」と話している。

【注】カッコ内の「卒」は卒業年。文中、敬称略。


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