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OBには地元に定着し、政治、経済、産業界で活躍する人が多い。先代の後を継いで老舗ののれんを守る人、独立起業する人などさまざま。同窓会長の山崎篤光(73)=興16卒=は「卒業後も“興誠健児”としての意識が強いのがわが同窓会の特徴。母校の誇りを持たない人は人生にも誇りを持てない、と同窓生には話しています」と力を込める。
「誠の精神は一本の菓子を何十年も作り続けるという大切さを教えてくれたのかもしれませんね」。“うなぎパイ”で知られる浜松市神田町の春華堂社長山崎泰弘(57)=高17卒=は法政大を卒業し、昭和六十一年に三代目社長に就任した。観光客にも人気を集め、現在は年に約七千万本を売り上げる銘菓に成長した。
高校時代は吹奏楽部に所属し、トランペットを吹いた。「文化部なのに正座の時間があって、とにかく厳しかった。浜松まつりでは役に立ちました」と目を細める。
“うなぎパイ”は山崎が高校生の時、父幸一によって誕生した。「当時はセロハンを手作業で巻いて包装し、学校から帰ると、その手伝いをよくしました」と懐かしむ。
“きんつば”で知られる磐田市見付の又一庵社長鈴木康元(48)=高26卒=も、家業を継ぐために商業科で学んだ。中学時代に体操部だった経験から、冬場にトランポリンで体を鍛えるダイビング部に興味を持ち入部。高さ十メートルからの飛び込みで度胸を付けた。
高校を卒業後、東京の有名洋菓子店で修業を積み、磐田に戻って四代目に。社長に就任した平成五年ごろから、百貨店への出品や直営店出店を次々に手掛けた。「一生懸命練習すれば、成果が出る個人競技が好きだった。商売に通じていると思う」と振り返る。
同窓会副会長を務める鈴木正義(61)=高13回卒=は「浜松で事業をおこしたい」と二十五歳で体育衣料の卸業を始めた。現在は息子の義一(34)=高40卒=に社長を譲る。高校時代の恩師は昨年十月に他界した白井武司。白井については「普段は人見知りする性格だったが、教え子の私とは酒を交わす中。友人のように相談に乗ってくれた」と思いを寄せた。
同窓会副幹事長を務める加藤清(67)=高8卒=は浜松市内で繊維業や繊維発送業などに就いた。現在は浜松西納税貯蓄組合連合会会長などを務める。元浜松市議会議長で、興誠学園理事長を歴任した故父与茂一=遠3卒=をはじめ、三人の弟も興誠高出身のいわゆる“興誠一家”。「高校時代はやんちゃな方だった。曲がったことは大嫌いで、人にうそをつくな、感謝を忘れるなということは孫にも伝えていきたい信条です」と語った。 (文中敬称略)
(火、金曜日に掲載。題字は興誠学園の神谷正平理事長)
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