(2004年4月20日掲載)

 男女共学化
共生の流れ受け先陣
 仲間とおしゃべりをしながら下校する女子生徒=浜松市高林1丁目の興誠高
 男女共生という社会の流れや保護者の要請などを受け、県西部地区唯一の私立男子校から一転、男女共学化が実現したのは平成七年。学校共学化の先陣を切った。しかし、男子校に女子を受け入れるという形は女子校の共学化に比べ、さまざまな苦労があったようだ。

 同校の講師として勤務する森下貴之(27)=高48卒=は在学当時、共学化の転換期を経験した卒業生の一人。森下は「三年生の時、女子が入ってきました。最初は二、三年生からも当然目立つ存在になってしまうので、女子にとっては気の毒だったと思います。今の学校の雰囲気は、男子校だったことを忘れてしまうくらい随分変わりました」と話す。

 共学化一期生は女子が三十五人、男子は四百四十八人でスタートした。制服は男女とも深い緑のブレザーとなり、女子トイレの増設や女性教諭の増員も図った。夏目竜一校長は「教師の中には、当時は女子にどう接したらいいか分からずに戸惑う人もいたようです」と振り返る。全校生徒が参加して行われた恒例の水泳大会も、女子が少ないという配慮から廃止されるなど、学校行事もさまざまな見直しが行われた。

 一期生の女子は、周囲の戸惑いとはよそに、たくましく学校生活を送った。「面白そうな学校」と期待に胸を膨らませ、入学した三浦絵理(24)=高50卒=は中学での経験を生かし、バスケット部に入部した。しかし、三年になるまで正式な女子部員は三浦を含め二人。「男子に交ぜてもらって大丈夫だろうか」。最初は不安を抱きつつも、練習では男子と一緒に厳しいメニューをこなし、自信を付けた。

 男子のバスケット部員が全国大会に出場した時は部員の一人として同行し、陰で支えた。三浦は「一期生だからこそできた貴重な体験をしたと思っています。女子バスケットが県大会に出場するなど現在の活躍を聞くと、うれしいし、当時、思い切って入部して良かったと思います」と話した。

 共学化になって九年。新入生の女子と男子との割合は、ほぼ半数に近くなった。完成が待ち遠しい新校舎と校門を結ぶレンガ模様の階段からは、毎日、女子たちがグループになって楽しそうに登下校する姿が見られる。

(文中敬称略)

(火、金曜日に掲載。題字は興誠学園の神谷正平理事長)