| (2003年9月23日掲載) |
<1> |
| 松崎高創立80周年 |
小さくても楽しさと活気にあふれる町に―。 深沢進(昭26卒)は町政の刷新を訴えて町長職に就き、十二月で丸二年。西豆三町村合併協議、長年の懸案だった西豆衛生プラントの建設、松崎中学校校舎改築など、難題と相次いで対峙している。 しかし、深沢の顔は充実感に満ちる。「責任の重さを毎日のように痛感してきたが、少しずつでも一つ一つの仕事に布石を置くことができた気がする。やり遂げたと言える仕事はまだないが、満足感はある」。やりがいをひしと実感し始めた。 自治体合併では“賀茂地区は一つ”の枠組みを捨て、あえて人口二万人に満たない西豆三町村での協議を決断。「小さくとも大きな可能性を秘めた枠組み。性格的に近い三町村がまとまり、伊豆西海岸を結ぶ充実した観光事業ができるはず」。 依田敬一町政時代から続く“花とロマンの里づくり”を土台に、地域の歴史文化、風景を観光振興や町づくりに生かす姿勢を打ち出し、団体や職員から上がった“スケッチのまち宣言”“着物の似合うまちづくり”も実行に移し始めた。 多忙な暮らしの中、心を休めるのはゴルフや読書。本に目覚めたのは深沢が「スポーツと遊びがすべてだった」と笑う松高時代だ。「ある先生に盛んに勧められてね。それまでは全く縁がなかったのに」。五十年余前の教えは今に生きる。 在校当時の自らを「劣等生」と言い切る。「放課後はとんで帰ってテニスをしたり、町内に二館あった映画館に通ってスクリーンに映し出される外国の光景に驚いたり。多くの友達が中学を出れば船に乗る時代だった。進学するという意識はなかったから」。 しかし卒後、日本専売公社に入り、高校での勉強の大切さが初めて身にしみた。必要に迫られて数学を勉強し直したこともあった。深沢は在校生に、自らを逆の教訓にしろと語る。「高校では勉強が第一義。今の時間を大切にして」。
(文中敬称略)
|
| ―火、水曜日に掲載します― |